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今月の秀歌と選評



 (2019年9月) < *印 新仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)



秀作



時雨紫 *


雨だれのごと訥々とピアノ弾く職退く前にと夫の始めぬ
消しゴムで消せないほどの筆圧に君は描きたり大きハートを



評)
一首目「雨だれのごと」が、習い始めたピアノの調べを良く表している。二首目、感情ではなく事実を抑制的に表し、その結果として作者の「君」(孫)への思いが感じられる作品となっている。



くるまえび *


「危ない」と家族に言われ諦めぬ不便覚悟の免許返納
昼下がりカネオヘ湾に浮かびしは青赤白の帆上げしヨット



評)
一首目、近年メディアでもしばしば取り上げられる、高齢ドライバーの話題を自身に引きつけて詠み、多くの人の共感を呼びうる作品となっている。二首目、「カネオヘ湾」という固有名詞が効いている。



山水 文絵 *


梅雨あけて地ビール飲みに家を出づ日傘さす吾と帽子の夫と
夕餉終え薄闇の道に風を切り自転車漕ぎ行く蛍探しに


評)
一首目、梅雨が明けた様子を「地ビール飲みに」と表現して、斬新な印象を与える一首となった。 二首目、一首全体にスピード感が備わっている。「風を切り」が良く効いている。



まなみ *


乳を出すクラウンフラワーの葉の裏にモナーク蝶の卵を見つけぬ
何本も根を地表に出しハラの木は大地を踏ん張りしっかりと立つ


評)
今回ハワイの木々を詠んだ五首の中では、最終稿の三首が良くまとまっており、中でも取り上げた作品は二首ともにその固有名詞が印象的で、一読して心に残る歌となった。



菫 *


一頭のバイソン無心に草を食む夕闇迫るロッジの外に
「熊からは90メートル そのほかは20メートルの距離置け」と言う


評)
イエローストーン国立公園への旅行での感動が作品に素直に表れており、読む者も一緒に楽しむことができそう。



ハワイアロハ *


原因の分からぬ高熱続きいて今日も幼の泣き声続く
点滴を受けつつ眠る二歳児の隣に熊のプーさん寝かせる


評)
今月の五首の中では最終稿の三首が良かった。その中でも特に、お孫さんへの作者の愛情がストレートに伝わってくるこの二首を選んだ。どちらも主観を抑えた表現ができている点が評価できる。


佳作



はずき *


七月はアポロ十一号五十周年全米で祝う偉大な歴史を
飛行士が地球に降りて第一声「ひとの一歩が人類の飛躍」


評)
タイムリーな話題を対象として、作者が住むハワイでの盛り上がりを伝えている。その点では、改稿2の「ハワイにて地球帰還のウエルカム米海軍のバンドで祝いぬ」も印象に残る作品。二首目は「ひとの」と初稿にはあった「の」を足して採った。



夢 子 *


銀色の髪の豊かに輝きて美しく老いし旅の友なりき
肺気腫の初期と知らざりき君が息激しくなりしマチュピチュの夜


評)
一首目、上句の客観的描写から「君」への友愛の思いが伝わってくる。二首目、複雑な内容をリズム良く詠み、成功している。



鈴木 英一 *


大仏殿へ向かう学生の群れ続く聳える南大門の下へと


評)
古都の光景を作者が見たままに描き、読者に訴える力を持つ一首となった。「わが初めて登り立ちたる若草山に鹿の家族が坂上がるを見る」にも心惹かれた。



大村 繁樹


椎の森に蝉鳴くと言へば「聞こえず」と友は言ふなり「耳鳴りならむ」と


評)
作者の耳鳴りなのか、友の耳に聞こえていないのか、「見えざる蝉の声」の正体は不明だが、ありのままを詠んでユーモアを感じさせてくれる作品である。「老いてなほ果たさざるもの思ひつつ見えざる蝉の声を聞きをり」も良い。



文 雄


ふるさとの田畑は荒れ放題と聞けどわれに起こさむ体力のなし


評)
全国的に見受けられる状況なのだろうが、当事者が詠んで訴える力がある。「平穏死と言うあり楽に逝けるらしこの先少し開けし思いす」も思いのこもった一首。



紅 葉 *


見上げれば高層階に灯りあり家路に向かう電車を待ちぬ


評)
夕暮れ時であろうか、都会の光景のある一瞬を切り取って詠み、魅力ある作品である。「還暦の同窓会の翌週は模試を受く我や何を求めむ」には作者の境遇がよく表れている。


寸言
 

 この欄をまとめるなかで、投稿者の皆さんの歌を詠む力にあ らためて感心させられた。「評」にも記したが、主観を抑えた写実的描写は、ここで取り上げたすべての作品に共通するものであり、コメンテーターの一人として励まされる思いもした。
 今後も自信を持って、様々な題材にチャレンジしていただきたい。

小田 利文(新アララギ会員)


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