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今月の秀歌と選評



 (2019年11月) < *印 新仮名遣い

八木 康子(新アララギ会員)



秀作



文 雄 *


夕刊に「日本一丸で戦えた」ドキリとせしがラグビーの事



評)
新聞記事の見出しに戦時中の記憶が蘇り「あっ、ラグビーの試合のことだった」と安堵しながら、複雑な面持ちでいる作者が浮かぶ。一瞬を捉えて切り取りに無駄がなく鮮やかだ。



菫 *


濁流は庇すれすれに迫りきて柱の軋む音凄まじき



評)
連作により、作者13歳の時のことと知れる。この秋、次々と襲った大災害のニュースに触発されて半世紀以上前の恐怖の体験を活写した。事実に裏打ちされた写生の力強さを思う。



鈴木 英一 *


三陸に開通なりし高速道被災地復興の大動脈ぞ
道の辺のここにも津波の印有り繰り返す自然の猛威を刻む


評)
8年前の東日本大震災被災地の現在を詠む。「雨上がり夕焼け空が現れて踵返せば鮮やかな虹」も、西に東に出現した何とも美しい光景で、心がほっと洗われるような歌だった。



ハワイアロハ *


夕焼けに家々黒く沈むころおもての南瓜にあかりを灯す
くり抜いた南瓜に灯を入れ子らを待つ「trick or treat (チッコチー)」と言いて来るのを


評)
ハワイの地でのハロウィーンが、大人も子供も楽しむお祭りとして鮮やかに描かれた一連。いつもながら、どんなことにも熱心に温かく取り組む作者の人柄がにじみ出ている。



はずき *


行儀よく駅のホームに列作る皆スマホより視線離さず


評)
後半は、近頃すっかりおなじみになった風景ながら、嫌みなく描写している。上の句から下の句へ、展開はなめらかでいて、まなざしの変化が面白い。下の句、初稿からここまで推敲した力を自信にしてほしい。


佳作



夢 子 *


二千年破壊に耐えて立つ「壁」は黒ずみており人の高さに


評)
エルサレムの「嘆きの壁」を身近にしての作。「銃を持つ女兵士の丸き腰たくましく行くエルサレムの街」も男女問わず兵役につかなければ立ち行かない国の日常を見逃さなかった。



大村 繁樹


海のうへに余光のありて亡き妻の愛でゐし星のほのぼのと出づ


評)
しっとりとした情感の感じられる作品。一昔前のような大仰な語彙や言い回しでなく、今の言葉で素直に平明に詠うことが人の心に響くという基本を忘れずに続けて欲しい。



山水 文絵 *


プールありゴルフ場あるこの街に迎えたかりしよ空の上の父


評)
亡き父上を慕う気持ちがあふれて、ごく自然に口を突いて出たような詠いぶりも共感を誘う。



太等 美穂子 *


ヘッドライトのあかりを頼りひとつづつ畝のくぼみにいもを落としつ


評)
少なくなった農作業の歌に出会うとホッとする。初句2句は乗ってきた軽トラックのヘッドライトか。こういうところに時の変遷は見えつつ、写生に徹したことでまっすぐに届く。



紅 葉 *


往復の新幹線に揺れながら過去問を解く出張の途次


評)
こちらはサラリーマンの歌。資格取得、昇進、転職の為の勉強は一生続くと聞く。力まずサラッと詠まれているが、さりげなく積み重ねる不断の努力は、歌の上達にも垣間見える。



時雨紫 *


澄みわたる空の向こうに飛行機雲われも明日は飛び立ちてゆく


評)
久しぶりの姉妹とのひと時を故郷に過ごして、帰る日を明日に控えた感慨が、抑えた詠みぶりにしっとりと表現された。



まなみ *


麺棒を転がすたびに反物を広げるごとく生地の伸びゆく


評)
名人芸とも言いたくなるような蕎麦打ち職人の技に、一心に見入る作者が浮かぶ。比喩も、目の前で見ているからこその発想で面白い。



淡 景 *


「紅葉狩」能の舞台の般若面幼く母と観しあの映画


評)
お母さんとの思い出を重ねながらの一連。行き違いで最終稿には出なかったが、3稿の「初めてのザルツブルグの街歩き妻と腕組むミラベル庭園」も推敲された4句目により、俄然歌が立ち上がったと思う。


寸言
 

 新アララギの目指すところを汲んで、日常の生活の中から歌に仕上げようとする姿勢と、熱意に、時に背中を押され、背筋を伸ばすよう促される思いでした。
 秀作、佳作と形を付けなければならないのが一番の苦労で、ほとんど並列と思ってほしいというのが本音です。
 そろそろ新アララギに入会されることも検討してみてはいかがでしょうか。
 本誌の見本は、発行所に葉書で申し込めば、一冊五百円でお送りしています。

八木 康子(新アララギ会員)


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