|
|
|
|
|
|
|
(2019年12月) < *印 新仮名遣い > |
|
内田 弘(新アララギ会員)
|
|
|
|
秀作 |
|
|
○
|
|
文 雄 *
|
|
われと同じ九十二歳の「のど自慢」少し癪なり元気に歌う |
|
|
評)
九十二歳にして、この心意気が何とも小気味よい。「少し癪なり」とへり下ったところも良い味を出している。何よりも生き生きと詠っているところが良い。 |
|
|
|
○
|
|
菫 *
|
|
うず高き落葉掬えば赤き柄の母の求めし箒が出で来る |
|
|
評) 亡き母の思い出が諸々に出てくる。落ち葉を掬っている赤い柄の箒も元を正せば母が買って呉れたものなのだ。母への思いが籠っている良い歌だ。 |
|
|
|
○
|
|
鈴木 英一 * |
|
八幡平の火口湖めぐる道行けば空一面に秋あかね飛ぶ |
|
|
評)
印象的な風景を淡々と詠って成功した。「一面に秋あかね飛ぶ」と「八幡平の火口湖」の取り合わせが、巧く行って印象を鮮明にしている。 |
|
|
|
○
|
|
大村 繁樹
|
|
高き岩にのぼり見放けれど夕星の荒海に沈まんとする |
|
|
評)
的確な描写が光る。「見放けれど」が効いている。まさに今、夕星が荒海に沈んで行こうとするところを鋭く切り取った作品で、優れている。 |
|
|
|
○
|
|
くるまえび *
|
|
引き揚げの台湾からの貨物船が宇品に着きて家族抱き合う |
|
|
評)
台湾からの引き揚げ貨物船が日本の宇品に着いて家族が抱き合って喜んだ、という感動的な場面を良く詠っている。個人にとっての歴史として大切な歌である。 |
|
|
|
○
|
|
夢 子 *
|
|
雨降れば君を偲びぬ何処にて酒に溺れて我を思うか |
|
|
評)
何の衒いもなく君を思って一直線に気持ちを詠んだ。心情の良く伝わってくる歌である。特に結句の「我を思うか」が良く効いた表現になっている。純情一途である。 |
|
|
|
○
|
|
山水 文絵 *
|
|
咳の続くホームの母は戸を開けず見舞いののど飴を廊下に置きぬ |
|
|
評)
ホームの母は少し怒っているのであろうか。見舞いに持って行ったのど飴を廊下に出したままになっている。そんな母を作者は優しい暖かい気持ちで見ているのであろう。 |
|
|
|
佳作
|
|
|
○
|
|
はずき
|
|
朝来市が絶景誇る竹田城跡秋の雲海は日本のマチュピチュ |
|
|
評)
結句の纏め方が巧い。竹田城跡の雲海での様子が良く捉えられている。引き締まった歌である。 |
|
|
|
○
|
|
太等 美穂子 *
|
|
倉庫から出で来し板に「ぼうけん隊」と書きし子は大人となりぬ |
|
|
評)
倉庫を整理していた時に幼かったわが子が書いた微笑ましい「ぼうけん隊」と書かれた板が出てきた。懐かしい気持ちが素直に出ている。既にその子は大人なのだ。 |
|
|
|
○
|
|
紅 葉 *
|
|
病院に眠り続ける母のごと座っては眠り一日が暮れる |
|
|
評)
病院で眠ってばかりいる母のようにふと気が付くと自分も座っては眠って一日が暮れてゆく、という母を思いながら何もせずに一日が過ぎたことを素直に詠っている。 |
|
|
|
○
|
|
時雨紫 *
|
|
幼らと絵本の電車に乗り込みぬ押すな押すなと言い合いながら |
|
|
評)
軽妙な詠い振りで難なく纏めているのは流石である。手慣れた歌だ。「押すな押すな」の描写は今まるで見ているように生き生きしている。 |
|
|
|
○
|
|
ハワイアロハ *
|
|
平和なる日々よ続けと念じつつ孫と眺める電飾の町 |
|
|
評)
素直な気持ちが何の衒いもなく出された歌で好感が持てる。結句の「電飾の町」の纏め方も、なかなか巧く収まっている。 |
|
|
|
○
|
|
鮫島 洋二郎 *
|
|
俊寛の島の煙に雁が行くほのぼの明けの遥かかなたに |
|
|
評)
その場の状況を巧くまとめている。順直に素直に詠っているのが良い。「雁が行く」で歌が引き締まって、その時の様子が目に浮かぶ。 |
|
|
|
● |
寸言 |
|
|
今月も秀作・佳作の差は余りない作品が並んでいて心強かった。
私たちは、まず、対象に素直に向かって、よく見、よく感じ、自分の生活を基盤にして、現実を直視して詠うことが肝要であろうと思う。現代は日々変化して、目の前の事柄の変化も激しい。どの場面を自分のものにして詠うかは、とても難しいが、何といってもこころを平らに、素直な気持ちで、自分の生活を見つめて詠っていきたいものだ。その意味でも皆さんの作品を見ると、こころ洗われるようだった。
内田 弘(新アララギ会員) |
|
|
|
|
|