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(2020年1月) < *印 新仮名遣い > |
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大窪 和子(新アララギ編集委員)
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秀作 |
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○
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時雨紫
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鍵盤を静かに指の離れたる余韻の中に夫に拍手す
ステージを去るとき夫はわれを見つわれも静かにうなづき返す |
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評)
他の作品から退職後に夫君が始められたピアノの発表会と分かる。夫が弾きた終えた後の妻の安堵と喜び、またステージと客席の二人を結ぶ純粋な心の通い合いが何ともいえず暖かい。2首の連作として成功している。 |
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○
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文 雄
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菜を刻む包丁の音早ければこの日も妻の健やかなるべし
忙しく走りて来しがどっこいしょさて何をしにこの部屋に来し |
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評) 高齢の夫妻の日常生活が素直に快活に描かれていて心惹かれる。妻に向ける夫の気持の細やかさ。あとの歌は有りがちなことだが軽やかな表現が小気味よく収まっていて、思わず笑みがこぼれる。 |
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○
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大村 繁樹 |
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メタセコイアのこの並木道イブのミサに急ぎゆかむか亡き妻眞理子と
絡みあふ枝の間を幾ひらの雪が降りくる独りゆく道 |
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評)
亡き妻と通い慣れた教会への並木道、さあ一緒に行こうと自分を振るい立たせる。しかし現実は雪の舞う道を一人で歩いてゆく。亡妻への思いと一人である寂しさが切なく伝わる。連作として魅力のある2首である。 |
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○
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くるまえび
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オアフ島最古の神殿ヘイアウは石積み残るウルポヘイアウ
神聖な石積みに登り叱られて不吉なことが起こるを恐れき |
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評)
ハワイ、オアフ島に長年住む作者。おそらく観光客も行かないような遺跡を詠んでいて興味深い。神殿に向かって祈るという一首もいいが、この2首目は幼いころの思い出が作者とヘイアウを結びつけているところがいい。 |
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○
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夢 子
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見ぬようなふりして我を見し鳥は我が軒下に巣を作りたり
巣の鳥も籠に住む鳥も朝が好き我が遠き耳にも届く合唱 |
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評)
鳥の気持がわかる作者。彼女だって見ないようなふりをして軒下に鳥を受け入れてあげたのだろう。そして籠の鳥とも仲良し。森中の鳥たちの合唱を毎朝聞く暮らし。その大らかな世界に引き込まれる。 |
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○
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紅 葉
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子のケガを心配するのはやめにして声を張り上げ応援をせむ
ガンバレと叫んで脳を刺激して自分のための時間にしよう |
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評)
他の歌を読むと子供さんは足首に怪我をして包帯を巻いている。親心が率直に伝わってほほえましい。あとの歌は「ガンバレ」と子を応援して自分自身も励まそうというユニークな感覚に魅力がある。 |
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○
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原 英洋
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首回り肩から袖へと採寸せし店員は引き出すYシャツ一つ
細やかに続くパッセージ久々に「トランペット吹きの休日」を聴く |
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評)
日常生活の中の一コマをさらりと捉えていて面白い。あとの歌は上の句で楽曲のリズムが軽やかに伝わり下の句の題名の愉しさが加わって、これも面白い一首になった。前の歌はそのまま。あとの歌は少し苦労して。 |
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佳作
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○
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鈴木 英一
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ようやくに版木彫り上げ刷り始む我の賀状を待つ人あれば |
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評)
作者の版画の賀状は友らのなかで、評判なのだろう。毎年待っていてくれる人がいるというのは素晴らしい。作者の賀状にかける意気込みと喜びが伝わる。 |
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○
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山水 文絵
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片足を上げて幼は店員の持ち来る靴をじっと待ちおり |
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評)
胎児の命を確かめる歌も作者には大切な歌と思うが、意外に多く読まれる情景である。それに比べてこの一首は作者独自の眼差しが働いていて、魅力がある。 |
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○
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菫
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十人とニュージーランドの春をゆくガイドは羊と育ちし娘 |
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評)
楽しそうなツアーの様子が目に浮かぶ。結句に読み手はさまざまに想像を膨らませる、一首を生かしている句。他の2首は少し内容が弱いと思う。 |
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○
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ハワイアロハ
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仲の良い二匹の犬は離せずに共にうちへと連れて帰りぬ |
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評)
当然一匹飼うつもりだったのに、仲良しの2匹をはなすことができなかったというやさしさに心打たれる。他の2首は流れとして普通に感じられる。 |
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○
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はずき
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始まりはブラックフライデーと言われつも今は前押し木曜オープン |
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評)
全米を巻き込む感謝祭まえの大セール。ブラックとは黒字を意味するようだ。今は前日からオープンとなった賑わいが想像される。「言われたり」と。 |
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● |
寸言 |
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今回強く感じたのは個性的な作品に出合ったということである。仕上がりまで多少時間はかかっても、つかみ取っている内容にユニークで魅力があると思える作品が多かった。言わば短歌の原石のようなもので、それをどのように完成させて行くか、細やかな心の働きが必要となる。私どものささやかなアドバイスをくみ取って作り上げて行く過程を共にしながら、やがて個々の力で一首をまとめ上げることを目指して頑張って頂きたい。
大窪 和子(新アララギ編集委員) |
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