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今月の秀歌と選評



 (2020年2月) < *印 新仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)



秀作



ハワイアロハ *


飲むことがたった一つの楽しみと父はタンポに日本酒量る
海軍のベッドの狭さに慣れしという父は眠れり身動ぎもせず



評)
施設に暮らす父親を見舞った際の連作の中でも、この2首が特に印象に残った。「タンポに日本酒量る」「狭さに慣れし〜身動ぎもせず」といった具体的な描写により、読者に訴える魅力を持った作品となっている。



紅 葉 *


正月の近きを知るや帰りたいと言わなくなった母をあやしむ
やわらかきガーゼに水を含ませて吸えば咳き込む母に震える



評)
自宅で映画を観る」よりも「親の見舞い」を選んだ作者が、母親の現実に直面して詠んだ作品。2首目の丁寧な描写は読んで胸に迫るものがある。



菫 *


唐突にエレベーターは止まりたりケダモノのごとく身震いをして
密室の四方の壁が迫り来る感じのありて肩で息する


評)
人生にはいつ何が起こるか分からない。そんなことを思い起こさせてくれる連作。「身震いをして」「四方の壁が迫り来る」といった、独自の捉え方が、作品を魅力的なものとしている。



山水 文絵 *


子の腹の丸く出で来て指折りぬ十月十日とつきとおかは春のその先
定年後請われて職に戻る夫に買い揃えたり白きワイシャツ


評)
1首目は出産を間近に控えた娘さんの、2首目は再就職に備える夫君の様子が詠まれているが、どちらからも作者の深い愛情が伝わってくる、しみじみとした家族詠となった。



鈴木 英一 *


欧州の至る所に遺りいるローマの遺跡はみな石組みなり
聖堂の窓越しに見ゆるピエタ像薄暗き中に白く浮かびて


評)
イタリアでの旅行詠だが、2首ともに作者の発見が一首の中にうまく収まっており、観光的な歌に陥らず作者の感動が伝わる作品となった。



大村 繁樹


日ざし薄き川原に揺るる水仙は花びらにしんの濃き黄うつす
病よき日には来たりて水仙を妻は描きゐき細目に見つつ


評)
1首目は川原に咲く水仙を細かに観察して描き出し、2首目はその水仙にまつわる亡き妻の思い出を詠んだ。いずれも独立した作品だが、読み応えのある連作として成功している。


佳作



時雨紫 *


幼らと夕陽を浴びてパズルする夫のいくらか若く見えたり
寒き夜の屋台のごときベンチにて紅茶の湯気を黙してながむ


評)
「朝食は庭を眺めて食べた」いと夫君の造られた屋根付きベンチが、作者の日常に少なからぬ変化をもたらしていることが良くわかり、楽しい気持ちにさせてくれる。



はずき *


半世紀を住みしハワイの新年を花火見ながら迎える喜び
「フクブクロ」と言えぬ人でも大袋手にし戯けぬ「マカヒキホウー!」(Happy New Year)と


評)
ハワイでの年末の恒例行事なのだが、作者にとっては「半世紀を住」んで迎える特別なものなのだ。2首目にもその高揚した思いが自ずと表れている。



原 英洋 *


腕時計の電池交換待つここに金音響くはケースを叩くか


評)
「金音響く」を「金音響くは」として採った。
「買い取れぬ保証の訳に心定む使って行こうこ
の腕時計を」にも作者の思いが良く表れている
が、最終稿の中では作品の完成度が高いこの作
品に心惹かれた。



夢 子 *


淋しげな友の笑顔を思い出すもう戻り来ぬダンス教室に


評)
結句を「ダンス教室に」と「に」を補って採った。集中治療室に今はある友への思いが「もう戻り来ぬ」に表れている。



文 雄 *


買い物に行きたる妻を案じつつ空を見て居り雨よ降るなと


評)
初稿では内容に比して言葉の方が目立っている印象を受けたが、稿を重ねるごとに作者の思いが良く伝わる作品となった。



くるまえび *


七夕の夜空に輝く星眺め「七夕」を歌ふ父を偲びて


評)
歌(SONGS)をテーマとした今回の作品の中では、この歌が一番心に響いた。父君への思いが素直に表れた作品に仕上がった。



鮫島 洋二郎 *


独り見るげんこつ山の寒の月故郷に居て郷愁の湧く


評)
「七十の手習い」とありましたが、今後が楽しみな仕上がりです。是非研鑽を積んで素敵な作品をこれからも詠んでください。


寸言
 

 新型コロナウィルスの脅威が衰えを見せず、何事もない平時のありがたさを思う日々が続いている。これから非常時ならではの作品も多く詠まれるだろうが、一日も早く収束して今回の投稿作品のような、平穏な日々の中での発見や喜び、家族や友人に寄せる思いが込められた作品を、落ち着いた気持ちで味わう日が戻ることを願わずにはいられない。

小田 利文(新アララギ会員)


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