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今月の秀歌と選評



 (2020年4月) < *印 新仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)



秀作



まなみ *


休校が終われば子等と楽しまむとひとりで撒きぬパンジーの種を
オンラインで子等との絆を保たむと会議用ZOOMの特訓受けおり ZOOM はビデオ会議用のオンラインアプリ



評)
新型コロナウィルスが猛威を振るうなかでの、教育現場における懸命な取り組みが詠まれ、読む者の心を打つ。とりわけ2首目は世界各地で見られるであろう光景が自身の体験として詠まれており、秀逸である。



ハワイアロハ *


しばらくは帰省できぬと父に宛て手紙したたむ写真を添えて COVID-19パンデミック
二メールを離れて友と会話する声は時おり風に飛ばさる



評)
2首ともにコロナ禍の下での日常が具体的に詠まれており、共感できる作品となっている。タイトルは通常は省いて掲載しているが、この2首の場合は理解する上で重要であり、添書の形で採用した。



菫 *


玄関に畑で採れたルッコラを置きて帰りぬ友には会わず
玄関に「使ってね」とうメモ添えて友の手縫いのマスク四枚


評)
極めて厳しい状況に置かれたなかでも、「ちっぽけな青菜畑」を介した友との交流が描かれており、心に届く作品となった。



はな *


花を指す指弾ませて山吹の花を数える春はソラシド
父よまたリラが咲いたよ「あの花はなんだっけなあ」の声も届けて


評)
1首目、「春はソラシド」には作者のみずみずしい感性が感じられ、魅力的である。2首目、作者の深い思いを詠みながら、力みを感じさせないところが良い。



時雨紫 *


二メートル離れし友と話す声高くなりしに気づきて笑う
気に入りしバイキンマンのTシャツで作りしマスクもつけぬと君は


評)
1首目、現況における日常が具体的に詠まれており、一首の完成度も高い。2首目、思いを込めて作ったマスクも付けてはもらえなかったという出来事をありのままに詠み、共感を呼ぶ作品となった。



山水 文絵 *


亡き義母ははの植えしか庭に目新しき淡き黄花の凛と咲きおり
臨月のを迎えんと家中のスイッチ拭きおりコロナ禍の春


評)
1首目、見覚えのない庭の花に亡き義母を重ねて詠み、成功している。結句が良い。2首目、「家中のスイッチ拭きおり」に作者の懸命な思いが良く表れている。



紅 葉 *


退職の二週間前の内示あり筋肉痛が和らぐことなく
働ける場所とわずかの給料を幸せとする境地になれず


評)
人生の大きな転機をありのままに、そして淡々と詠むことで、現代の社会の一面を描いた味わい深い作品とすることができた。



鈴木 英一 *


田の面にすれすれに舞うつばくらめ小さき羽虫も見つけ捕らんと
春風に今年も見たし里山に寄り添い咲けるニリンソウの群を


評)
2首ともに自然の光景に正面から向き合い、丁寧に描いて成功している。コロナ禍の現況ではじっくりと自然に向き合う機会も失われつつあるが、一刻も早くこうした作品が再び詠まれる日が戻ってくることを願いたい。


佳作



烏山 雪男 *


駅を出て月の円きに立ち止まりシャッターを切るかじかむ指に
洗濯機に洗いし使い捨てマスク毛羽立ちて吾が鼻先痒し


評)
1首目「月の円きに立ち止ま」った心の動きが良く表れている。結句が良い。2首目「鼻先痒」いのも我慢し、「使い捨てマスク」を洗って再利用するしかない現状。過去の貴重な体験の歌として読める日はいつのことだろうか。



はずき *


コロナ菌衰え知らずに疾走すハワイは早くにロックダウンを
シニアには毎昼時に配達のマラマ.ミール待つ青空のもと マラマ.ミールはシニア用の無料昼食


評)
1首目、日本のコロナ禍対策を詠んだ他の提出歌と合わせて、ハワイ現地での対応の様子が良く伝わってくる作品。2首目は大変な状況の中にあってほっとさせてくれるトピックスが、整った一首として仕上げられている。このような取り組みが世界に広がればと思う。



大村 繁樹


出所して桜ふふめる土手を来しをむかへくれたる母は今亡し
九頭竜川の桜咲きそむる土手の辺に生かされ住みて逝きしを想ふ


評)
1首目、作者の特異な体験が淡々とした言葉で詠まれ、印象的である。2首目、1首目に関連した作品で、上句の情景描写と下句に込められた作者の思いがうまくつながっている。



くるまえび *


故郷を偲ぶや日系ハワイの人の全ての墓標東を向けり
おぼろげに海照らす月に思い出ず幼き頃の台湾時代


評)
1首目「東を向けり」、2首目「台湾時代」という具体的な言葉が効果的であり、いずれも読み応えのある作品に仕上がっている。



文 雄 *


くしゃみすれば熱は無きかと妻の言うコロナウィルスに一日暗し


評)
ちょっとした体調の変化に多くの人が敏感となっているが、この歌では妻との具体的なやりとりが良く整理して詠まれており、共感できる作品となった。



鮫島 洋二郎 *


眉描くに時掛け妻は外に出て春を語らむマスク同士に


評)
眉を念入りに描いてマスク姿に出かける妻の様子が巧みに描かれている。全国に非常事態宣言が出され外出もままならない今となっては、この歌にものどかさを感じてしまう。



夢 子 *


声援の聞こえぬ土俵に力士らは稽古場の如く相撲取り居る


評)
コロナ禍の影響で無観客開催となった大相撲を詠んだ連作の中で、この歌が一番印象に残った。「稽古場の如く」という作者の発見が良く生かされている。



鈴木 淡景 *


三月の冷たき雨にとまどうか福寿草いまだ咲ききらずおり


評)
自然界の様子を丹念に観察し丁寧に詠まれる作者の作品の中でも、この作品はとりわけ読む者の心に沁みてくるような、味わい深い仕上がりとなっている。下句の飾らない表現がむしろ効果的である。


寸言
 

 世界中を襲う新型コロナウィルスの脅威を、多くの人がご自分の生活と結びつけ具体的な描写で、読者の共感を呼ぶ作品として仕上げることができた。残念なことに事態はそこからさらに深刻な状況を呈してきており、ここで詠まれた自然や友人との交流を対象とすることさえ難しくなりつつある。今回参加された皆さん全員の新しい作品に出会える日を心から願って待ちたい。

小田 利文(新アララギ会員)


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