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今月の秀歌と選評



 (2020年5月) < *印 新仮名遣い

清野 八枝(HP運営委員)



秀作



山水 文絵 *


コロナ禍に付き添い叶わぬ産院の扉に見送る初産の
丸まりてチワワはその座を明け渡すの傍らに眠る赤子に



評)
1首目は、 コロナのために初産の娘に付き添うことのできない母の不安ともどかしさが表現されている。2首目は、新たに家族の中心となった赤子にその座を譲る飼い犬の変化が微笑ましく、初孫の誕生をめぐり、心を打つ家族詠となっている。



時雨紫 *


ドアベルの音に急げば影ぼうし配達人の走り去る見ゆ
閉店ゆえ義母ははの知恵借り靴下に電球入れて穴を繕う



評)
1首目は、コロナの感染防止に手渡しを避ける配達人の素早い動きがリズム感をもって活写されている。2首目はコロナ禍の閉店により思わざる昔の針仕事が復活して、家族の温もりを感じる歌である。



ハワイアロハ *


張られいしテープ外され公園にホームレスらの戻り来たれり
我が塾も生徒を迎える準備せり体温計にマスクや手袋


評)
1首目、日本よりも早く規制の緩和されたハワイの現実をしっかりと見つめている。2首目、規制が解かれ、新しい規範に沿って生徒を迎える準備をする作者の様子が具体的に詠まれ、まさにこの時期の現実を捉えた歌となっている。



くるまえび *


大学で共に学びし友来たるハワイの我が家に酒酌み交わす
美しき眺め求めてオアフの海にスケッチドライブ友と行きたり


評)
懐かしい友人がはるばるハワイまで訪ねてきた喜びの溢れる5首である。2首目、スケッチドライブに友を案内してゆくオアフ島の美しい自然が目に浮かぶようだ。



菫 *


衰えし母に会わんと帰国せしに我が会う前に母は逝きたり
微笑める母の写真に純白の胡蝶蘭供えわが手を合わす


評)
コロナ禍により母の一周忌に帰国できない作者の寂しいこころが詠まれている。1首目、母の最期に間に合わなかった悲しみを回想し、2首目には遥かに遠い自宅で静かに合掌する作者がいる。しみじみと母を思う2首である。



夢 子 *


人影なきワイキキの海澄みわたり太古のままに陽は輝ける
ゆっくりと考える時間授かりて我が価値観のやや変わりゆく


評)
1首目、外出の自粛にひっそりとして、まるで太古のハワイに戻ったかのような美しいワイキキの自然を捉えている。2首目、思いがけず、静かに考える時間を得て、 少しずつこれからの生き方に目を向けてゆく作者の内面が自然に詠まれていて良い。



鈴木 英一 *


朝早き里山の道ニリンソウのせせらぎに沿い群れて咲きおり
イノシシが里山の道をボコボコと掘り返しし跡延々と続く


評)
清々しい里山の生活が感じられる歌である。1首目、せせらぎの音と可憐なニリンソウが浮かんでくる。2首目、猪のしわざを具体的にしっかりと表現し迫力がある。



大村 繁樹


新型ウイルスの情報のみに我が町も集会自粛と歌会開けず
太古より絶ゆることなき死の風に九頭竜川の桜咲き満つ


評)
1首目、感染者の出ない作者の町も外出自粛のために歌会が開けないという、多くの人々が経験したであろう無念の思いを的確に詠んでいる。2首目、コロナ禍を意識した、地球の宿命的な受難を言い、その中に咲く九頭竜川の桜のたくましく美しい生命を詠っていて、作者独自の捉え方を感じる。


佳作



はずき *


機嫌よき友とのランチ外に出て弾む話に杖を忘れぬ
また逢おう「マハロ」で堅くハグをして溢るる笑顔の友と別れぬ


評)
友人との交流を詠んだ5首の中から。友の誘いに外出してランチを楽しみ、満面の笑みの友を部屋まで送ってゆく。やがては自分も老いてゆくことを思いつつ、友をいたわり思いやる作者の温かさが伝わってくる。



はな *


手作りの山椒の匂う若葉みそ田楽に付け子らを待ちたり
大川の中洲の若葉煌めきぬ君もしたいこと見つけてみたら


評)
1首目、山椒 味噌の香りが生きて、下の句に作者の思いが溢れる。2首目、春のきらめきの中で、作者の呼びかけの言葉にはっとさせられる、新鮮な響きがある。



原田 好美 *


不登校と言われる子等の顔緩み言葉が増えて遊び広がる
生徒らと草取りしつつ草の名を皆で唱えるハコベカタバミ


評)
2首ともに適応教室の指導をしている作者に、次第に心を開いてゆく生徒たちの変化と、草の名を唱えながら心の触れ合う交流をする喜びを詠んでいて感動的だ。



清水 織恵 *


同じカオに仕立てたシールはき出してシャッター街のプリクラ機は孤独
一日が終わった安堵かもしれぬ母がオルゴールのねじまわしてる


評)
1首目、プリクラ機の無機的な孤独な世界をうまく表している。2首目、オルゴールが何か懐かしく、母の心を思う温もりが伝わる。



鈴木 淡景 *


暖かく雪掻きせずに過す冬異常気象も有難きかな
如月の伊香保の街に日は陰り石階段に静けさ広ごる


評)
1首目、今年は雪掻きが不要であったという。下の句に作者の素直な実感があり、共感させる。2首目は冬の温泉街の感じがよく出ている。



紅 葉 *


寝がえりは何の不安か知っているはずの職場に再雇用となる


評)
再雇用となった前後の不安定な心境をよく表現している。【13033】の掲示板のコメントをご覧下さい。


寸言
 

 5月期は、ほとんどの方が、コロナ禍の中での生活を丁寧に見つめて、良い歌に仕上げている。また、改稿のたびにより良い表現を工夫する努力が見られ、手応えを感じて嬉しかった。
 世界中未だコロナの脅威にさらされてはいるが、ワクチンの目途もようやくついて、日本でもそろそろ自粛が緩和されはじめた。「新しい暮らし方」に慣れつつ、伸びのびと自分の心を詠んでいってほしい。

清野 八枝(HP運営委員)


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