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今月の秀歌と選評



 (2020年6月) < *印 新仮名遣い

小松 昶(HP運営委員)



秀作



原田 好美 *


病みてより願いこし約束叶いたり夫押す車椅子に桜を仰ぐ
一人またひとりぽつりぽつりと登室す適応指導教室の朝



評)
1首め、車椅子を押す夫の優しさ、約束を果たす誠実さ、また二人の人間的な繋がりを感じさせ胸が熱くなる。2首め、上の句に、時間をおいて入ってくる子供たちの表情や足取り、態度までが目に浮かぶようだ。



大村 繁樹


子をかつて落とさむとせしこの父にマスク付けくれ子は共に出づ
目に見えぬウイルス騒ぎよ我がうちにも真に恐るべき何かが潜む



評)
文学的覚悟を心の底に据える作者。1首め、幼い子に酷いことを意図したこの父に子は何も知らずに孝行をしてくれる。そこに言い難い罪悪感、良心の呵責に苦しむ作者の姿が、また子への感謝と深い感動とがある。2首め、単独では観念的に思えるが、前の歌にあるような事実を踏まえている。そしてこれは作者のみでなく、吾々にも当てはまることである。



山水 文絵 *


大き口顔いっぱいに餌を待つ燕の雛見る卒寿の母と
コロナ禍に減便の空悠々と青鷺飛び行く大き翼に


評)
1首め、ご高齢の母上もこの命の眩しさを見て心が若返ることだろう。生きとし生けるものの命の尊さを思わずにはいられない。2首め、人間社会はコロナウイルスに振り回されて大わらわであるが、自然界はそれとは関わりなく粛々と自然の掟に従ってゆく。時代を捉え、また吾々の生き方をも問うような歌である。



紅 葉 *


コロナ禍の合間の出勤待つまでもなくて座れる中央線よ
出勤は半月ぶりかパソコンを背負えば汗の季節になりぬ


評)
1首め、テレワーク、休校、外出自粛などで通勤電車は空いているのである。災い転じて福となすといえようか、現代の世相を掬いとっている。2首め、テレワーク主体となり、たまの出勤でしかもパソコンを背負うことで季節の変化を実感するという独自性が優れている。



ハワイアロハ *


「マスク着用」の表示を光らせバスが行く明るき車内に人影見えず
プルメリアの白き花房まろまろと甘き香りを夜気へと放つ


評)
1首め、コロナ禍での外出自粛の点描であろう、社会現象を具体的によく捉えている。2首め、プルメリアの雰囲気を「まろまろと」のオノマトペがよく伝えている。同時に、下の句へも掛かっていくところが、魅力的。



夢 子 *


男しか愛せぬ君と知らされて難しき暗号解けたる思いす
もう逢わぬときめたる二人手を取りて歩き続けぬカラカワ大通り


評)
1首め、「君を愛しているけど虚しい」と男に言われた理由がやっと理解できた、安堵と悲しみを伝える。2首め、哀しくも大人の別れをする二人の心が読者の胸に響いてくる。



はな *


夕暮れの無人の駅の立葵お帰りというゆらりと笑みて
紅色の花咲き上ぐる立葵君まで届け初夏の夢


評)
夏休みに田舎の祖母のところに帰った折の歌。1首め、幼いころから見てきた立葵である。祖母を始め自分を迎えてくれるすべてを立葵に集約して懐かしさが微笑ましく表現されている。2首め、花を咲き上げてゆく立葵に青春性が象徴され、恋をはじめ、未来への夢や希望を感じさせて心を打たれる。



清水 織恵 *


ミルクそそぐ窓辺に雀くわえこむ烏の世界が飛び込んでくる
開けはなつ窓に小鳥と風あそぶコロナ禍のための換気と知らず


評)
1首め、人間がゆったり食事するときにも、自然界には厳しい生存競争、弱肉強食が常に存在することを教えている。翻って、それは実は人間も例外ではないのだ、と作者は暗に訴えているのかもしれない。2首め、感染防止のために強いて換気する人間に関わりなく、鳥は無心に風と遊ぶのである。病にじたばたするのは人間くらいのもので、他の生き物たちは淡々と自然の摂理に従って生きているようである。



鈴木 英一 *


コロナ禍に自粛生活強いられてわが庭の草隅々まで抜く
自粛にてテニスもできず自転車をこぎて遠くへ買い物に行く


評)
外出自粛生活も悪いことばかりではないという事で、共感する方も多いだろう。1首め、日ごろは忙しさに紛れて延ばし延ばしにしている草抜き、2首め、せめて少しでも運動をして健康を維持しようということですね。転んでもただでは起きない、どことなくユーモラスな2首、コロナ禍に苦しむ人も少し救われるだろう。



時雨紫 *


駐車場のテントの中の卒園式園児ら距離置き証書を受ける
園長をアンクル・ジョーと呼ぶ子らの高らかな声が初夏の陽に跳ぬ


評)
1首め、コロナ禍の影響は幼稚園にまで及んでいる。早く元のように戻ってほしいが、2首め、この状況下でも子らは皆元気で無邪気に園長に声をかけるのである。園長の人柄に園児もその家族も救われているようだ。



くるまえび *


沈みいる心のままに空仰ぎきらめく星に我は涙す 
ほのぼのと東の空を赤く染め昇る朝日にかうべを垂れる


評)
きらめく星や暁を昇る日は大自然の美しさ、素晴らしさを感じさせるだけでなく、ときに神々しくもある。1首め、夜空の星に涙し、2首め、昇る朝日に頭を垂れる、この作者の自然への敬虔な心に、あるいは、遠い故郷への郷愁なども思われ、読む者の心もまた澄み徹るようだ。



菫 *


農薬を使わずナメクジ避けようと野菜の鉢を台上に置く
あり合わせの筍缶と鯖缶で一品作るコロナ禍の宵


評)
1首め、自然の摂理に従って粛々と生きているナメクジには何の罪もないこと、また農薬の害を知る優しく賢明な作者に拍手。2首め、人混みの中の買い物や外出を避けるために、侘しい食事に甘んじる生活である。時代の貴重な記録ともなろう。


佳作



原 英洋 *


携帯で口げんかした女性との思い出に暮れるこの13年は
思い切って女性に会いに甲府まで茨城までと行けば良かった


評)
ほんの些細なことから人間の運命は大きく変わり、とりかえしのつかないことになることもあろうか。でもそれは、よりよく生きるための貴重な試練でもある。



鈴木 淡景 *


わが庭に福寿草の花咲き初めぬこの如月の陽射しの温く
春の日に義母ははの家にて懐かしきうから同胞はらから話しは尽きず


評)
1首め、季節感あり、春の早い到来を歓ぶ作者が見えてくる。今年の暖冬が思われる。2首め、心の通い合う「うから同胞」なのだ。この関係をコロナ禍の世だからなおさら大切にしたいものである。



はずき *


旅.ゴルフに心許せる友なりきライバルなりきもう逢えぬとは
転倒し骨折なしと言われしも入院そして自然死となる


評)
仲良しでもありライバルでもあった友が不意に亡くなったのである。その悲しみが伝わってくる。2首め、健康で水泳が得意な友が転倒して、病院で「自然死」とは納得がいかない。言葉を荒らげず、事実を淡々と記述して、一層悲しみや病院への不信感を醸し出す。



鮫島 洋二郎 *


ふる里の川の淀みに流れ来る病葉あまたしばし動かず
横田さんひとり芒種に散りにけり申し訳する政治動かず


評)
1首め、静かな情景を描写して、作者の心の在りようを醸し出しているようだ。2首め、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父上が力尽きて先日亡くなった。この問題に対して政府は何ら有効な手立てを打ってこず、言い訳するばかりで、作者の口惜しさ無念さが伝わる。



黒川 泰雄 *


高空をゆく銀のはね渓流の若葉を透かし吾を見ている
初夏の川、鮎には甘き黄金色下の釣り人亡き父に見ゆ


評)
1首め、緑なす若葉のすきまにキラリと光る航空機を垣間見た作者、この歌では視点の逆転が面白い。2首め、黄金色の川の下流に釣る人に、ふっと亡き父上の面影を見たのであろう。釣りがお好きな父上であったのか、、、。


寸言
 

 6月期はコロナ禍による緊急事態宣言が(感染防止対応のもとで)解除される少し前から解除されはじめた時期に重なり、人々は制限付き解放感と再流行への不安が入り混じった複雑な心境での日々を送っています。これはまた独自性を有する歌作りのまたとない機会であり、そういう歌が多く寄せられたことは抒情の面からも歴史の証言の意味からもとても貴重であり、これからも楽しみにしています。

小松 昶(HP運営委員)


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