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今月の秀歌と選評



 (2020年7月) < *印 新仮名遣い

八木 康子(HP運営委員)



秀作



くるまえび *


小高き丘に登りて海眺め尺八を吹く「われは海の子」
カネオヘの凪の海面うなもに映る月思いを馳せる故郷の月


評)
日本からハワイへ渡って幾星霜の思いがあふれるようで、一読胸に迫るものがある。背景にある長い人生も彷彿とさせている。



山水 文絵 *


全身を震わせ泣きて乳ねだる赤子は伝う「生きる」その意志
胎内に聞きいし声の主知りて嬰児は笑むか眠りの中に


評)
顔黒(がんぐろ)にルーズソックスで驚かされた娘さんも母となり、孫との初めての里帰りの暫しの日々を丁寧に紡いだ一連。傍観者では捉えられない描写に、娘さんに勝るとも劣らない愛情深いまなざしがうかがえる。



文 雄 *


忙しく働く妻の只一つの趣味の野球だ「阪神」よ打て
忙しき家事の合間に背を丸めいる妻見れば灸据えており


評)
優しさは表に出さず寡黙な人が多いと言われる日本男児の、こういう作品に出会うと嬉しくなる。生き方に連動してか、詠みぶりも力むことのないこの自然体は、自分に自信があるからこそと思う。



大村 繁樹


海桐の花の香の懐かしく切岸に遠きかの日へいざなはれゆく
花海桐香に立つ美和さんと五十三年前ここに語りき互ひの未来を


評)
「花海桐香に立つ美和さん」の隠喩はなかなか出ないものだが、突き詰めて最後に、こうしか言いようがないと思い至っての、きわめて自然な表白のように感じる。



夢 子 *


「国民が選んだ悪い男です」川柳見つけわが膝を打つ
強力な名大統領現れて「今日から銃は廃止」と言わぬか


評)
ハワイに住み、混迷を深める自国の施政者への思いを、地団太を踏む勢いで詠んでいて真っすぐに響き、一見ひょうげているようで、凝結した気持ちの切実さがにじむ。



黒川 泰雄 *


夕焼けに尺八を吹く嫁ぎし後ろ姿は亡き妻に似て
涼風にゆるりと出でし望の月志賀のさざ波妖しく光る


評)
来し方を振り返って、今は静かに思い出に浸る作者が浮かぶ。心にゆとりがないとなかなかできない一連、抑えた詠みぶりで「志賀のさざ波」の固有名詞も効果的と思う。



時雨紫 *


窓枠のペンキ塗り替え順調らし若き業者らに歌の飛び交う
開け放つ窓より青葉の目に入りて薄茶点てたき思い湧きくる


評)
暮らしの中のでき事を前向きに捉えてからっと詠み、読者の心まで軽くする一連。一首目、結句の「歌の飛び交う」は「ラップ飛び交う」でも、と思った。「自服にてすする緑に喉の鳴りもう一服とラップ口ずさむ」も並べば、その限りではないけれど。



清水 織恵 *


カラダごとアートになった気がするよ堤防の階段ななめに下りるとき
夕暮れをわかち合うように抱きよせてそっと掛け時計の電池を抜きぬ


評)
一首目、ひたすら明るく弾む足取りと共に、カメラワークを一気にズームアウトするような情景が浮かぶ。うって変わって二首目は寂寥感が淡く漂うような。いつまでもこの感性を持ち続けて欲しいと願う。


佳作



ハワイアロハ *


バリスタの味に近いか我が庭のバナナの下に飲む珈琲は
コロナ禍が明ければ友と語り合わんいつものカフェの椅子浮かび来る


評)
自粛生活下ながら、それならばと楽しみを見つけて、新しいことにチャレンジする姿勢が軽やかに詠われてホッとする。長い読者なら、この作者に一度会ってみたいと思う人も多いのではないだろうか。



鈴木 淡景


雪のなき月山望む秋晴れに山は浮かびてその影青し
街路樹の楓は未だ青くして満点星どうだんつつじは紅葉しはじむ


評)
季節の移り変わりを己を無にして受け止める姿が、風景に溶け込むように浮かび上がる。ともすれば見逃されるような景色を、普段の言葉で掬い取るところに力量を感じる。



は な *


向日葵にゴーヤの黄色鮮やかに梅雨空高く押し上げている
友からのラインはすっかり夏模様ゴーヤとトマトの成長記録


評)
コロナ禍も跳ね返すようにリズミカルに詠んで爽快。生き生きとした素直な調子が、歌のカラフルな素材にマッチしている。



はずき


三月振り男子PGAの開幕はまず黙祷すG.フロイドに
青年が又射ころされしは米国に今も根を張るレイシズム嗚呼


評)
白人警官に殺害された黒人G.フロイドに寄せての一連。取り上げずにはいられない、この深く根を張る問題への名状しがたい感情が、憂いと、諦念にも似た思いと共に吐露されている。「黒人がまた殺されしは」ではあからさますぎるだろうか。



まなみ *


情熱をかけし仕事をすっぱりと辞めては発つシアトルの地に


評)
具体的な地名が入ったことで、母親としてのあふれんばかりの心情がくっきりと立ち上がった。最終稿には出なかったが、この決断をメールで伝えてきたとの歌も、時代や世代の違いからにじむ哀感をかもして、奥が深いと思った。



原田 好美 *


じゃがいもの花の可憐さ見出だした生徒に話す王と王妃の功績を


評)
このテーマで短編が書ける内容だと思っているので、いつか歌集にまとめる時までに是非、連作にしてみてほしい。結句は「王と妃の功を」でわかると思う。適応指導教室での作、これからもどんどん作ってみてください。



鈴木 英一 *


コロナ禍でニューノーマルの世になるか我が家もZOOMで孫らと話す
教育のオンライン授業拡がるも若き世代はすぐ慣れゆかん


評)
一首目、コロナ禍の中、ビデオ会議サービス「Zoom」を使っての親族の交流を詠う。二首目「孫ら世代は」とすればぐっと身近に引き付けた作品になろう。



鮫島 洋二郎 *


アララギの恋しかりけり歌草に老いの身楽し格差ある世に


評)
「月桃の蕾あらわに雨に濡れ早苗すくすく育つこの頃」や「潦幼き夢の水澄まし時過ぎ止まぬふる里の庭」なども待っていた。最終稿のこの一首は作者としての総括かとも。



紅 葉 *


六月の文字をほめればそうかと言う返事が返る聴こえいるらし
六月の文字が最後とならぬようとげぬき地蔵の札を押し当つ


評)
重篤な病の人を見舞う一連。共に詠い出しの「六月の文字」の意味がはっきりしないが、精一杯冷静に自己をおさえて、感情オーバーにならない表現が沁みる。


寸言
 

 選をするにあたって感じることですが、連作の中で互いに支え合いつつ、歌材の機微を香り高く詠いあげている感動的な作品が、1首2首となるとその魅力を存分には発揮し得ない場合があります。逆に連作である無しに限らず、独立して、まるでゾーンに入ったかのように、光彩を放つ場合もあります。皆さんの作品の質が向上していて甲乙つけがたい上に、上記の現実があって悩ましいということを今月はお伝えします。

八木 康子(HP運営委員)


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