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今月の秀歌と選評



 (2020年11月) < *印 新仮名遣い

小田 利文(HP運営委員)



秀作



くるまえび *


カネオヘの海兵隊の基地からはオスプレイ機の轟音響く
沖縄の嘉手納の人の苦しみに想いを馳せて爆音を聞く


評)
作者の身近にある現実を詠み、基地問題が特定の場所に限ったものではないことを教えてくれる作品。二首ともに初稿から細かなところを少し変えただけだが、完成度の高い作品に仕上がっている。



紅 葉 *


あきらかに荒い呼吸を前にして試験に頭はいっぱいだった
親が親であるのはたぶんうるさいと思う間か母はしずかに


評)
一首目、初稿「病状に感慨のなく迫りくる試験にアタマはいっぱいである」から、飛躍的に良くなった。事実を包み隠すことなく表現し、感銘を与え得る歌となっている。二首目も初稿と較べリズムが整い、作者の思いが届く作品に仕上がっている。



時雨紫 *


練り加減の香り届かぬズームにて教えくるるは茶筅の緑
ズームでのお茶の稽古に和装して茶碗を持てばせなのしゃんとす


評)
Zoomを利用しての会議や授業、研修会は最近よく聞くが、お茶の稽古まで可能とは、この作品を通して初めて知った。一首目は込み入った内容をすっきりと一首にまとめ、茶道を知らない人にも良くわかる作品となった。二首目は歌の内容を表すように、芯が通って心地よいリズムを持った歌となっている。あと一首「炉開きの〜」も味わいがあって良い。



清水 織恵 *


勉学はまたはじめられるとスーパーの蛍光灯に言われいる夜
気を病みてもお好み焼きはそこにある母は我を見我はキャベツを


評)
一首目、作者の境遇と心情を「スーパーの蛍光灯」を通して表すことに成功した。若い読者を中心に共感を呼び得る作品となっている。二首目、「お好み焼き」が歌の素材となっていることもユニークだが、下句の把握・表現に作者の個性が光っている。



中野 由紀子 *


硝子の瓶並ぶ窓辺は朝日さし光の弦が音色奏でる
庭に咲く野ばら一輪コップにさし机におこう君の誕生日


評)
一首目、日常の中の何気ない光景に注目し、作者独自の感性で作品に仕立て成功している。作者の耳に響いた音色が聞こえてくるようだ。二首目、詠まれた光景がありありと浮かんでくる一首。机の上の野ばらを見つけた「君」の反応にも思いを馳せたくなる歌である。



原田 好美 *


すり鉢に入れたる籾の殻剥くとソフトボールを生徒ら回す
亡き友の誕生日来て香り良き線香贈りしと夫君の云う


評)
一首目、籾すり体験の様子を良く観察し、それを過不足なく言葉で表して短歌作品として仕上げることに成功している。一首の中に名詞が多いが、リズムの良さがそれを気にさせない。「籾殻の溜まりし〜」の歌も軽妙な下句が印象的な佳作となった。二首目、亡き友のご主人の心遣いに対する作者の感動が、作品から良く伝わってくる。



はな *


男前の犬連れて友来たる夕そこだけ温き懐炉のように
リコリスの蕾膨らみ咲かんとすふっと息吐く立冬の朝


評)
一首目、作者独自の感性で詠まれており、読者によって様々な受け取り方がありそうだ。そこも含めて魅力のある作品である。二首目、「リコリス」という語感と下句の引き締まった表現がマッチして端正な印象を与える歌となっている。




高きよりツグミはすいと降りてきて砂漠のバラに羽を休める
幼鳥の胸毛オレンジに変はるころ歌響かなむ初夏の木立に


評)
一首目、「砂漠のバラ」という魅力的な素材が、良く練られた上句の表現を受けて一層生きたものとなった。二首目、稿を重ねるごとに良くなり、内容もリズムも読者を引き付ける力を持つ作品に仕上げることができた。



まなみ *


二年かけパイナップルを育てし娘は越して行きたりその実を待たず
葉先より育てし株が茎を伸ばし育ちてくれぬこぶし程にまで


評)
いずれも十分に推敲され、「小さくても〜」の歌も合わせ、読み応えある連作となっている。「葉先より〜」の歌には作者の確かな観察眼が良く生かされている。


佳作



ハワイアロハ *


雨多き日々の続きて山々の緑は深まる秋のホノルル
サンタクロースの大きな飾りが立てられて十一月の雨に濡れおり


評)
今の時期のホノルルを詠んだ二首連作。現地に暮らす作者ならではのものであり、ハワイへのイメージを変えてくれる作品となっている。「ゼイゼイと〜」の歌も力強い一首に仕上がっている。



鈴木 英一 *


トンネルの観曝台の外いっぱいにどどっと落ちる袋田の滝
霧深き金精峠にさしかかりヘッドライトの照らす先見つむ


評)
一首目、袋田の滝を観曝台から眺める様はまさしくこの通りであり、初稿のままであるが、的確に捉え表現し得ている。二首目、こちらは初稿のやや説明的な感じから、稿を重ねるごとに良くなり、完成となった。下句から運転している作者の緊張感が良く伝わってくる。



はずき *


コロナ禍の誕生祝いはアウトドアーようやく押さえし予約に安堵す
始まりはレッドワインで乾杯しつきぬ話は気づけば四時間


評)
一首目、コロナ禍であっても誕生祝いはしたい、苦心しながらアウトドアが利用できる店を予約できたという経過や作者の思いが、この一首から伝わってくる。初稿と較べ十分共感できる作品となった。二首目、「気づけば四時間」は多くの人に同様の体験があり、共感できるところだろう。上句に工夫が感じられ、この作品を成功させている。



山水 文絵 *


春に見し白きコブシの花は今寄りて実となる拳の如く
目の前にパサリと黄葉落ち来たり小さき鴉の枝に跳ねいて


評)
一首目、作者の身近にある木なのであろう。コブシの春の花、秋の実に寄せる作者の温かなまなざしが作品を通して伝わってくる。二首目、身近な自然から得られた驚きが巧みに描かれている。コロナ禍で思うように出かけられない今、こうした発見が大切なものに感じられる。



黒川 泰雄 *


音消えてあおき流れを切り裂いた岩魚の動きはスローモーション
山里の小さき流れの大岩魚独りがいいか元気で暮らせ


評)
渓流の岩魚を読んだ連作中の二首。一首目は清流の中の岩魚の一瞬の動きを「流れを切り裂いた」と捉え、成功している。二首目、下句の語りかけるような口調は力みがなく、読んでほのぼのとした気持ちにさせられる作品となっている。



大村 繁樹


幼き日家族そろひて見上げたる月は吾らの顔照らしゐき
九頭竜川の河口の土手を行き泥む我を照らして海に入る月


評)
月そして家族を題材に詠んだ連作中の二首。一首目、幼い日の家族に関する回想だが、下句により清らかなイメージを伴う一首となった。結句「顔を照らしぬ」を少し変えて採用した。二首目には家族を表す言葉はないが、家族の影を感じさせるしんみりとした作品である。



夢 子 *


補聴器を通して音の洪水が押し寄せてきぬ着けたる耳に
補聴器を外せば静寂(しじま)帰りきてこのままで良しと思い至りぬ


評)
難聴という自身の境遇をテーマに詠んだ連作中の二首。一首目、補聴器を装着した瞬間の様子が生き生きと描かれており、共感できる作品となっている。二首目、下句に作者の覚悟ともいうべきものが感じられ、印象的な歌に仕上げることができた。


寸言
 

 今月も様々な題材に取り組んだ意欲作が寄せられ、楽しくも悩ましい選歌となった。社会詠、家族詠、自然詠等々対象は異なってもここにある歌に共通するのは、作者の姿をその作品から感じ取ることができるということであり、読者の心にしっかりと届くものとなっている。これからもその姿勢を大切にして、作歌に取り組んでいただければと思う。
※「投稿された全ての方から最終稿のご提出がありました」とした掲示板〔13564〕は誤りでした。訂正します)。

小田 利文(新アララギ会員)


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