作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2020年12月) < *印 新仮名遣い

小松 昶(HP運営委員)



秀作



大村 繁樹


この坂を幾度亡き弟と駆け下りき河口の堤にセイゴ釣らむと
罪を犯し河口のほとりに戻り来しを迎へくれたる母は今なし


評)
故郷に六十年ぶりに帰って来た時の感慨が具体を通して表現され、胸を打たれる。仲の良かった弟さん、また母上も世を去り、罪を犯した自分が残っている、その悲しみは深く、止むことはない。



原田 好美


アネハヅルがヒマラヤ越えて飛ぶという「風切る翼」生徒らに読む
校庭で淳平君が摘んできて活けたヒガンバナに皆が見とれる


評)
前:支援学級での一齣、アネハヅルは高度八千メートルでも飛べるきわめて稀な鳥だが、生徒らの明るい未来を願う作者の気持ちが伝わる。生徒らもきっと大きな夢を抱くことができただろう。後:子供たちの輝く瞳や歓声、また感動のため息が手に取るようだ。それを温かく見守る作者の眼差しも、また。



山水 文絵


雲仙の見ゆる墓より父と祖父母連れ帰り来ぬ骨壺開けて
故郷を捨てるがごとく墓閉じて生まれし長崎さらに遠のく


評)
故郷の先祖代々の墓を守る人がいなくなっている現今である。作者も居住地に近い所に墓を移されたのだが、「故郷を捨てる」思いに悩みは深い。墓とはいったい何なのかを改めて考えさせられる。



はな


夕焼けを押し出すように夜の来て灯は煌めきぬ友住む町に
指編みにマフラー作る雪の夜は来し方いくつひとりごちいる


評)
前:「夕焼けを押し出すように」がとても魅力的です。後:充実感の中に言い難い寂寥が滲むところが良い。



ハワイアロハ


どこまでも歩いてみたしコロナ禍に静まる街の夕焼けのもと
家族らに会えぬ今年のクリスマスせめてギフトに思い届けん


評)
前:以前は賑わっていたであろう街に今は人影もまばらで、その分夕焼けも美しく、心惹かれる作者なのだろうか。後:コロナ禍で帰国はできず、家族も集まれない。心をこめて贈り物をするのだ。どちらも今の世相を捉え得ている。



くるまえび


蒼い海今日も一人で見ているとカモメは飛びきて囀りかける
ハワイにて遥かに見える蒼い海その向こうには故郷のあり


評)
前:海を見ながら思うのは、これまでの人生やこれからの事、また、故郷のこと、、。そこへカモメも寂しかったのか、囀りかけてきた。お互いに友情を感じているのかもしれない。後:遥かな水平線の向こうにある故郷に思いを馳せる作者、遠くて見えないから一層懐かしくまた悲しいのである。



時雨紫


平素には苦労話をせぬ夫が晩酌すすみに語りだす
我が前に涙ぐみしも朝になれば胸を張りゆく頼もしき顔に


評)
前:延ばし延ばしにしてきた退職がいよいよ迫る夫の心境が、具体的に良く描写されている。夫婦の間の信頼感も垣間見えて魅力的だ。後:昨晩は酒に酔い気弱さが顔をのぞかせた夫であったが、今朝は、普段のしっかりした出勤の顔に戻っている。夫への信頼と愛情が滲む。



夢子


不倫とう言葉も知らずすっぽりと温かき胸に憩いておりぬ
我が服を縫いて残りししき布君に揃いのネクタイ作る


評)
妻帯者と知らずに恋に夢中になった若いころを懐かしく回想しているのか。美しいけれど、また苦くもある思い出。でも忘れたくはないのだ。後:お洒落でいいアイディアですね、「君」も喜んでくれたでしょう、心温まる歌だ。



中野 由紀子


老いゆきてわがままな子に戻る母子育ての義務から放たれて
聞き飽きた思い出ばなし楽しげな母の笑顔についお付き合い


評)
前:子供に食べさせるのに精一杯であられた母上である。老いてわがままになった母上に困惑しながらも、その理由や経過を客観的に見つめ理解を示す作者であろう。後:困るけど、憎めない母上なのである。母上を批判的に見てはいるが心の底ではやはり好きなのだ、というところに読者もにんまり、救われる。



まなみ


薄目開け窓を見やれば朝焼けに空一面の紅に染む
刻一刻鮮やかな色は褪せゆきて急かるる思いにシャッターを切る


評)
前:見事な朝焼けの描写に、今日一日が明るく有意義に送れるという希望を感じさせる。後:明け方の空は変化が速いことを実感させ、感動と緊張感が具体的に表現されている。


佳作



大井 美弥子


友とゆく星の溢れる夜の道知らない家の灯りが消えた
見下すな憎らしいほどのオリオン座そんなに小さいものか我らは


評)
前:友と星降る夜を歩いてゆく作者、ふと見れば家の灯が消えた。その家に住む人らに想像は及んで行くのか。いつのまにか夜も更けたのだ。後:オリオン座の雄大さに圧倒されている作者の心理がうまく表現されていよう。



清水 織恵


人間の手に飢えているコロナ渦でススキに触れつつ自転車走らす
夜深くさまよう吾を見抜くごと出会った猫は二度振り向いた


評)
前:コロナ禍で人と触れ合うことができないけれど、ススキに触れていると人との触れあいの感覚が蘇るのか。後:不安な心を持て余して夜を彷徨う作者なのか。暗い中で猫の鋭く光る眼に心を射抜かれた動揺を漂わせる。どちらも繊細で鋭敏な感覚が魅力的だ。



源漫


ごうごうと新幹線は高速に走りゆく半歩も軌道を越えぬ定めに
宴より母の帰りて同僚の子ばかりほめし雪の降れる夜


評)
前:視点がユニーク。字余りだが早口に読めばリズムはとれる。我々の人生にも通じる趣がある。後:子供の頃の辛い経験が具体的に、感情を抑えて表現され、胸を打つ。また、「まなことび腸ながれたるほととぎす青空裂きし銃声の後」は、実体験よりは戦争などの回想ととった。ホトトギスは口の中が真っ赤で、血を吐くように見える。



鮫島 洋二郎


木の葉散る冬枯れの桜は陰の時耐えて陽待つ里の夕暮れ
病名を医者に貰うて帰る道落葉かさかさ踏むが哀しき


評)
前:冬の夕暮れの寂寥感が良く出ている。冬枯れの桜の身になって春を待つ作者なのであろう。後:病名を貰う、と言う表現が面白い。落ち葉を踏むことも老いて病みがちになってゆく悲しみに繋がるのだ。



はずき


四日間の攻撃作戦奏功しマスターズトロフィー遂に手にする
涙するキャディーの弟抱き締めて口をきく無く身体震わす


評)
コロナ禍で延期されていたマスターズ・ゴルフ、お目当ての選手はいつも惜しい所で優勝を逃していたのだ。それが、ようやく優勝できたその喜びが生き生きと描かれる。後の歌は「口をきく無く」が効いていよう。



黒川 泰雄


孫しゃがみ胡瓜も茄子もそら食べろ大きな虫を飽かず世話する
遊んだか枯葉舞い散り寒かろう古巣はあるよ帰っておいで


評)
一連の歌からカブトムシを飼っているところと分かる。前:お孫さんの嬉しそうな表情が生き生きと見えてくる。後:成虫はクヌギの樹液を吸って生きるが、寒い季節ではそうもゆかない。温かい飼育箱には美味しい食べ物があるからと、こころ優しい作者である。



紅葉


間違えるわけにはゆかぬ3と8老眼鏡に望みを託す
書くそばからミスを見つけるため息に書き上げられし再現答案


評)
前:仕事の上での大事な試験なのか。何としても通らねば、、という気持ちが伝わる。後:再現答案とは答え合わせのようなものなのだろう。多くのミスに気付いて愕然としている作者が目に浮かぶ。めげずに前を向いて進むしかない。



鈴木 英一


夕されば鴨たち池に集まりて餌取りに発つ編隊組んで
道路脇に溜まりし落葉も強風に塊のまま真ん中転がる


評)
前:鴨が集まって餌を取りに行く様子が活写されている。後:何気なく見過ごしてしまう情景だが、よく見て描写されている。いよいよ冬だな、、と身が引き締まる季節感がよい。


寸言
 

今回も様々な背景を持つ方々から多様な歌が寄せられた。世界を慄かせたコロナウイルス関連の歌は、やや落ち着いてきた感があるが、まだまだ詠い残していることも多いと思う。どの歌も抒情が絵空事ではなく、生活実感に裏打ちされているために読み応えがあり、読む者に迫るものも多かった。順位はほとんど意味はないであろうから、一喜一憂することなく、引き続き地道に読み続けていただきたい。来月も期待しています。


バックナンバー