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今月の秀歌と選評



 (2021年2月) < *印 旧仮名遣い

米安 幸子(HP運営委員)


 
秀作
 


はな

雪の夜は丸まり眠っているだろう北国に住む息子と猫と
診察を待つ母世話する息子さん緩みし靴の紐直しやる


評)
離れて住む子を思いやる母の温かい気持ちが胸を打つ。 「北国に住む息子と猫と」の心憎いまでの詩的表現は読む人の心を掴むに充分である。初稿のままである。後の歌:待合室の落ち着かない場所から、微笑ましい情景を掬いあげ、ひとり短歌を思う様子が読み取れる。
 


大村 繁樹

いつもわれを見上げゐし瞳幼き日に変はることなく澄みて明るし
「またね」と別れて思ふ幼き日に戻れるならばと悔い多き吾は


評)
老いて故郷に帰り今も働く作者である。その心にはいつも歌がある。前の歌:幼馴染との邂逅を丁寧に詠んで特色がある。後の歌:改稿2にて加えられた「悔い多き吾は」により、唯一無二の歌に仕上がった。短歌の自浄作用を目の当たりにして感動した。
 


清水 織恵 *

泣き腫らすまぶたを見ないやうにして眩しき朝に歯ブラシ使ふ
風呂の湯をおおきな円でまぜてゐる母の胎内の温さ想ひて


評)
前の歌:泣きはらしたまぶたを敢えて「見ないやうにして」歯ブラシを使うといういじらしさ。後の歌:これも若くナイーブな感受性が捉えた歌。浴槽にひたり両手で湯を掻きまぜながら、母の胎内に守られている時の温さを想うと詠う。今後が楽しみな作者である。
 


原田 好美

大寒の朝に裸木黒々とこぶしを固め怒るが如し
週二日学校行くと電話あり行こうと決めた生徒にエール


評)
前の歌:大寒の朝にみる裸木は庭の桜の老木であろうか。窓に見える果樹園の樹かもしれない。剪定あとの黒い瘤こぶが、あたかも拳を固めて怒っているようだとは、支援学校の生徒らに接する作者らしい見立てである。後の歌:生徒との信頼関係が築かれていればこそ詠みえた歌だと思う。二首とも初稿のままである。
 


はなえ

技にのみしがみつきいし吾の画に取材の力を師は語りたる
批判を恐れ対象をただ写したる吾の弱さが絵に表れぬ


評)
絵を描く作者。対象の輪郭だけを写すのが写実ではなく、如何に感じたかが絵に表れてこそ心を打つ作品となる。それは、写実を旨とする短歌にも通じると応じながら改稿を待った。「正解のなき画の世界を生きようと鹿島神宮本殿に向かう」も佳いと思ったが、最終稿に提出を見ず残念であった。
 


yasuhiko akamine

高松に昭和天皇お迎えしエビ養殖のご説明せり
日本から初めてエビの養殖を世界へ向けて宇宙中継す


評)
「エビ養殖」にかけてきた一生を詠み遺そうとする試みのようである。一連には「アメリカにてエビ養殖を命ぜられ英語話せずもフロリダへ発つ」とあった。尊い体験と業績であるだけに、報告に偏らない工夫をと希望する。
 


大井 美弥子

翌朝に残る深夜の憂いごとエナジードリンクの炭酸の泡
この古き詩集の埃にくしゃみひとつ眠りたくない夜零時過ぎ


評)
一連には「里帰り次に帰るのはいつ頃かねと祖父が問うのは朝より三度め」と詠むもあり、結婚間もない作者であろう。二首とも初々しく幸せな気分が伝わり好感を抱く。今しか詠めない歌を詠み重ねていただきたい。
 



暴動はどこの国かと目を凝らせば嗚呼星条旗を打ち振る人等
やすやすと事実は歪曲されるらし「ワカッタカホー」と鳴くカノコバト


評)
前の歌:民主国家をうたう大国の選挙運動は、誠にお粗末な収束ぶりであった。後の歌:事実が易々と歪曲されていくことを、作者はどう受け止めたのであろうか。キーワードは「ワカッタカホー」であろう。カノコバトは鳥の名前。★「やすやすとヒーローの仕立てられゆくを苛立ちて日々わが目守るのみ」を思い出す。三宅奈緒子『春の記憶』
 


時雨紫

笑わせて筋肉ほぐすズンバの師と「ダンスの女王」のリズムに乗りぬ
雨雲を割りて太陽覗きたりヨガマット敷き息深く吸う


評)
コロナ・ウイルスがもたらす閉塞した生活環境を憂い、体調管理に心掛ける作者。明るく前向きな生活態度がうかがえて気持ちの良い歌である。
 


中野 由紀子

あでやかな花に負けじと競うがに緑鮮やかなナスタチウムの葉
木漏れ日の射す川沿いをペダル漕ぎ走り抜けたり緑のトンネル


評)
前の歌:ナスタチウムの葉をクローズアップしたところに特色がある。後の歌:何でもないような日常の中に喜びを見出して、弾みのある歌に仕上がっている。
 

佳作



紅葉

いさぎよくその日に結果を見極めるべきだったのか不合格となる
合格をするためだけに生きるのかわが人世の午後はこれでいいのか


評)
合格不合格の詳しい内容は明かされていないが、定年退職後新しい仕事を模索中のようである。頑張って頂きたい。投稿者として幾年か経る作者にも、短歌が心の拠り所になっているのであれば喜ばしいかぎりである。
 


山水 文絵

楽しみと母はノートに○×で「一人トランプ」の結果を記す
スクリーンのいじめシーンに大泣きの幼はハッピーエンドを知らず


評)
前の歌:一人興じるトランプ占いではなく、今や「一人トランプ」なるジャンルがある事をこの度知った。後の歌:作者のお孫さんかと思う。大泣きの孫にも動じることなく「幼はハッピーエンドを知らず」とゆったりと構えてさすがである。
 


ハワイアロハ

痛そうに足引き前を行く人に六年前の我の重なる
足早に今日も散歩は七千歩医師にもらいし股関節もて


評)
前の歌と後の歌の間の六年は省くも、相関関係は明瞭である。前向きに主体的に生きている作者を頼もしく思う。
 


鈴木 英一

コロナ禍の及ぼす影響大なれど君らが創れニューノーマルを


評)
コロナ禍の歌は様々であるが、次世代を担う若者達にむけての清々しいエールに好感を抱く
 


源漫 *

ふるさとの柳の千枝の下陰に老いも若きも碁を打つ夕べ 
ケーキ屋のバイトを終へし君の手をとればリンゴのパイの香ぞする


評)
前の歌:今に見られる故郷の夏の頃の情景とのことである。滑らかな詠み口に注目した。後の歌:素直な詠みぶりに好感を抱いた。
 


夢子

マイアミに生まれし息子元気な子二時間おきに母乳与えぬ
母も居ず親戚も無き外国に若さと気力で乗り越えし日々


評)
今月の一連は、作者の最も充実していたであろう日々の邂逅であった。これからどの様に詠み継がれて行くか楽しみにしている。
 


鮫島 洋二郎

サトウキビ山ほど積みし車行く島の道路はしばしの混雑


評)
最近感動して読んだ物語『母島』(川波静香著)の風景を思い起こす。或いは更に南方の島であろうか。単なる旅行詠というより作者の原風景かも知れない。以前にも似たような歌を見た気がする。
 


黒川 泰雄

妻は寝た他に誰もいない家夜はおやじが動きだす時


評)
浮き浮き感が窺えるが、今一つ感動がどこにあるのかが分からない。
 
 
寸言

 この所新しい投稿者や復活された方もおいでになり、とても喜んでいます。それと共にお休みの続く方もあるようで、ご年配の方の場合は少し気がかりです。 不思議なもので、投稿歌を介してのみの事ですが、同志とおもえば皆さんに親しみを覚えます。
 今月もそれぞれの心の動きを掬い上げ、詠った作品がならびました。都合上、歌評が縦系列に掲示されますが、ほぼ横並びとご理解ください。それでは引き続きお励みください。またの日まで。

 
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