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今月の秀歌と選評



 (2021年9月) < *印 旧仮名遣い

八木 康子(HP運営委員)


 
秀作
 


山水 文絵

戸を閉めて一人用足す三歳の孫にむつきを替えしは伏せむ
指先でそっと畳みぬ一歳の孫の小さき白きTシャツ


評)
お孫さんとの掛け替えのない至福の時間を詠う。ハットヒヤットの瞬間も、冷静に対処できる作者なのでしょう。他にコロナ禍を泣き笑い風に詠んだ「我ロミオ母ジュリエットのサ高住 面会禁止の二階の母と」も心に沁みる。「サ高住」は「サービス付き高齢者向け住宅」のこと。
 


はな

仁王の顔少し緩みぬその肩にそっと止まりし黄揚羽蝶に
秋の陽は黄の色少し加わりてワイシャツの白柔らかに見ゆ


評)
感性豊かなアンテナを持った作者、上の句だけ、下の句だけでもひらめいたら書き留めておいて、多作に励むことをお勧めします。
 


はなえ

虫取の網を片手にあの頃の吾は光のなかを駆けにき


評)
藤城清治の影絵を彷彿とさせるようなメルヘンチックな回想詠。「あの頃の吾は駆けにき」から詠い出して「光のなかを」を結句に据える案も。
 


時雨紫

燃え尽きし蚊取り線香遠き日の里の家族の声が聞こえる
軒下の風鈴外し炭斗すみとりの元の火箸の役目に戻す


評)
しっとりとした抒情が心地よい。2首目は茶道をたしなむ人ならではのアイデアか、意表を突かれた。初句は「軒先」が良かったか、気が付くのが遅れました。
 


上野 滋

扇風機杓子の如く捧げ持ち少女ら車輛に乗り込み来たり


評)
携帯小型扇風機にまだじかにお目に掛かったことはないが、今年の夏の風景ですね。こういう眼が効いていることが、何より奥深い短歌の森への近道と思います。
 


夢子

中指でキーボード押しオンライン新アララギを始めて七年


評)
人差し指でなく中指というところがいかにも効いている。継続こそ力ですね。
 


黒川 泰雄

手紙さえ書くも貰うも面倒なこの夏空に蝉だけが鳴く
友いずこ知った人なき故郷に川面吹く風ただ秋を告ぐ


評)
先の見えないコロナ・猛暑・異常気象続きの心情を淡々と詠んで、共感する人も多いのではないかと思う。3句目は<億劫おっくうな>も提案します。
2首目。蕭々と吹く風の音が聞こえるようです。
 
佳作



中野 由紀子

オレンジの光背に受けヤシの木は朝焼けの中影絵さながら


評)
連作から、オーストラリア在住の作者、明るく人懐っこいオージーに馴染んでいく中で、異国の風景や暮らしをアンテナ高く詠んでいってほしい。
 


清水 織恵

羽振りながら次の遊びを決めている「頭脳戦」とはどんな遊びか


評)
自宅から見える公園だろうか、子供たちのバトミントンに興ずる姿からの連作中の一首。作者の温和な人柄が伝わる。
 


鈴木 英一

くっきりと気象衛星の写し出す線状降雨帯は列島をのむ


評)
近頃毎年の異常気象を詠む。いつどこが次のターゲットになるか、誰もが目を離せない中で、すかさず冷静に一首にした。
 


大村 繁樹

幼き日弟とセイゴ釣りし土手目の前は日の照る河口の底ひ


評)
土手の上に立つ作者の脳裏をよぎる思いがあふれて迫りくるばかりです。
 


はずき

人間の月着陸は半世紀前ついに始まった月旅行ビズ



評)人の飽くなき探求心に圧倒される作者の熱さがほとばしった一連の一首目。こういう歌材に出合うのもアドバイザー冥利です。
 



取り落とせど予備のフープを掴み取り少女は笑顔でジャンプを決める


評)
テレビ観戦とは言え、心一つにオリンピック競技を応援する臨場感が伝わります。いろいろありましたが「選手には感動」でしたね。
 


紅葉

時かけて養生に養生をして予約をとったワクチンを受く


評)
作者の律義さ、真剣さが伝わる。予約もまた時かけて取ったのではないかとも。2句・3句の句またがりも、内心の不安を伝えているような。
 


原田 好美

母危篤の報せありとて帰られずくちびる噛みてただ祈るのみ


評)
コロナ禍、少なからぬ人が同じような思いで唇を噛んだこの一年半の月日を暗澹たる思いで振り返るばかりです。
 


源漫 *

夜勤路に子鳩拾へばはたたける羽の温みよ春はもうすぐ


評)
一抹の光明を見る思いで、ほっと安堵の一首。
 
 
寸言

 秀作・佳作と言っても、大方はほぼ差はないと思ってください。一喜一憂することなく、人の作品に感動し、あるいは学び、納得のいく作品を一首一首紡いでいく作業こそが、気がつけば生きがいの一つにもなり、自己肯定感にもつながるものではないでしょうか。
  ホームページがお休みのため、ご紹介できなかった新アララギ9月号に掲載された選者等の作品は、一首ずつですが「先人の歌」の欄を借りて掲載しています。 
             八木 康子(HP運営委員)

 
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