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今月の秀歌と選評



 (2021年10月) < *印 旧仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)


 
秀作
 


上野 滋

通勤の電車に乗ればつかの間のマインドフルネス短歌の時間
「心マッサージを」と胸高鳴りて叫ぶ吾心拍戻るは神なす技なり


評)
共に通勤中の電車でのことだろうか。短歌に心を集中させているとき、乗客に異変が起こったのだろう。医師である作者のとった行動に胸打たれた。二首目の結句が素晴らしい。人為を尽くしてもそれが成ることは「神なす技なり」と。謙譲である。
 


コーラルピンク

草花の名前教えるアプリあり己にかざせば名もなき草かな
沈黙に幾通りもの訳探すひとつの答えに蓋をしたまま


評)
スマホを草花にかざすと、その草の名をいうアプリ。それを己にかざしたら「名もなき草」であるという内省がいい。二首目は、人間関係に起こる感情の機微が描かれた。答えは分っているけれど認めたくない。複雑な哀しみの滲む深みのある歌。
 


原田 好美

宿題はタブレットにてするのだとばあばの助け要らない時代に
タブレットを持ち来て座り我が前に素早く操作す一年生の孫


評)
新型コロナが蔓延して、一気に加速したITの世界。子供たちの周辺も例外ではない。小学一年生の孫がタブレットに向かって淀みなく宿題を熟す。ばあばとしては、そんな孫の姿に些かの寂しさと誇らしさが入り混じる。まさに今を映した歌だ。
 


源漫

病める児に童話を読みて聞かせつつその寝顔見てまぶた潤みぬ
ちちははの口癖がふとわが口に出づれば嫌気がさしし反抗期


評)
童話を読み聞かせるうちに寝てしまった病む子の寝顔を見つめる親の情愛が率直に表現されていて、温かい。二首目は一転、若く反抗期だったころの自分を思う。親を疎みながらその懐から逃れられない自分への苛立ち。経験者は多かろう。
 


鈴木 英一

散歩する早朝の冷気心地よし山の麓に霞作りて
下田から松陰が渡米を企てしその意気いつの世にもありたし


評)
早朝の冷気の中を散歩する作者。下の句でぱあっと景が広がり、その冷気は山の麓に霞を作っていると詠む。清々しい叙景歌。二首目は非業の死を遂げた幕末の志士に思いを馳せ、現代の若者にあり方に繋げる。少し観念的ではあるが。
 


はなえ

気がつけば物置となり歳月の埃かぶりし学習机
体調の様子見ながら遠い日のまま色あせし家具を処分す


評)
長い間病を養わなければならなかった作者。学業もままならなかった現実を詠い自ずと哀愁が滲む。感情を交えずありのまま詠って成功している歌。二首目も同じく。「遠い日のまま色あせし」という言葉、句割れだが作品を生かしている。
 


黒川 泰雄

スーパーの総菜だけの夕餉なる夫婦を横目に肉食べる犬
腹ばいで薄目動かしべろを出し静けさの中犬は夢見る


評)
ペットとの暮しを面白い視点で捉えている。前の歌にはユーモアが漂っていて思わず笑みがこぼれる。二首目、犬を丁寧に観察して夢を見ていると感じとったのだろう。そこに犬への愛情が感じられて納得させられる。
 


時雨紫

夫の弾く囁くごときセレナーデ聴くとしもなく口ずさみいる
マチュピチュの動画を見つつ晩酌し無口の夫が饒舌となる


評)
夫の弾くピアノを少し離れた場所で聴いているのだろう。聞きなれた曲なのかもれない。何気ない抒情が漂っていて好もしい。二首目は、かつて共に訪れた天空の街だろうか。ご主人の興奮が伝わって楽しい。
 
佳作



はな

萎みたる八重の芙蓉のくれないを両手につつみ秋の日暮れゆく
苅田焼く農夫の姿隠しつつ白煙流るる故郷の道


評)
この花は酔芙蓉。朝、純白に咲き、日差しを浴びると紅に変わる。その花を愛おしむように両手に包む姿がいい。二首目は叙景が見事。そして結句の「故郷の道」が一首を確りと支えている。
 


中野 由紀子

水滴がきらりと光る雨上がり虹あらわれて空丸くなる
どっこらと庭石一人で動かして心満ちたり春の陽あびる


評)
前の歌、雨上がりに虹が現れるのはよくあることだが、結句の「空丸くなる」が見つけどころ。一首をここで蘇らせた。二首目、自力でできたことをよろこぶ、力持ち。2句目は「動かせて」となっていたが、添削した。結句も生きている。
 


鮫島 洋二郎

南北に六十余キロの種子島浜木綿誘ふ海人の苫屋に
パンパンと農婦は顔に糸瓜水を塗って畑行くバイクに乗りて


評)
鹿児島の種子島、海人の苫屋に身を寄せる作者。鉄砲伝来にも一役買った島だ。二首目の農婦の描写がビビッドで印象的である。もう一首の、蛇取りを生業にする歌も興味深かった。
 


大村 繁樹

河口の土手の叢分ければ曼殊沙華のまだ色淡き花芽潜める
葦原のさやぎの上に黒き影落として飛びゆく白蝶海へ


評)
曼殊沙華といえばくっきり咲いた花ばかり思い浮かべるが、叢に潜んでいる花芽を捉えたのはお手柄。「色淡き」もいい。二首目は、「黒き影」の黒きは省いたほうがよかった。海へと飛んで行く蝶に焦点が集まるように。
 


まなみ

リタイアし夫と見つけし終の地に娘は精出すベランダ花壇
ベランダより望む入り江にアラスカへのフェリー泊まりてかもめ飛び交う


評)
ハワイに住む作者だが、アメリカ本土に終に住処を見つけた娘さんを詠う。二首目の「アラスカへのフェリー」が語るものは大きい。一気に歌が魅力的になる。「かもめ飛び交う」はすこし平凡か。
 


くるまえび

風吹きてピンクのテコマの花吹雪一気に散りて地面を彩る
コロナ禍に人影減るもワイキキの浜辺ようやく活気を戻す


評)
一首目、桜の花が風の中に散る様子を思い描いた。美しい歌。ワイキキの浜辺は世界的に有名だ。その浜に人影が減った、増えたというだけでは少し物足りない。何かワイキキ特有の風景などを捉えてみてほしい。
 


夢子

手折りきてビンに萎れし野の花を二日ばかりは眺めておりぬ
野に咲きし花は手折るを諦めて人の作りし花を飾らん


評)
呟くような詠みぶりで、面白い視点が感じられるのだが、今一つ訴えるものが弱い。
二首目も、その通りだとは思うのだが・・・
 


紅葉

検温をくぐるリスクも相応にコロナ時代の試験が始まる
とりあえず試験を終える「合格」と終わった直後は今年も思う


評)
コロナ禍の中での試験、受ける側も主催者側も大変な気苦労があったことだろう。それを坦々と詠んでいる。二首目は「今年も思う」と毎年受けるのだろうか。この試験がなんの試験か分ったら面白いのだがという気がする。
 


はずき

ロス住まいなのにハワイの人脈は歳を経るごとに拡がりており
一日は共に滝見を楽しまんお結び作りて遠足気分


評)
ロス住まいでハワイに人脈を作っているのは娘さんだと思うのだが、ここではそれがはっきりしない。従って二首目も今一つ気持ちが伝わらない。短歌としてはうまく纏まっているのだが。連作の難しさともいえよう。コンドミニアムを購入する歌が入るとよかったかと思う。
 
 
寸言

 さしもの新型コロナ蔓延も日本に於いては新規感染者が全国で100人を下回る日があるほど、落ち着きをみせている。ここにきて世界の国々のありようがまるで違った様相を呈しているのは何故だろうか。背後にある民族性などもその違いを生み出す一つの要因ではないか思ったりする。まだまだ油断は禁物と思いながら。
 日本民族の持つ特性、そこから生み出される文化。良くも悪くも、その中で暮らしてゆく私たちである。日本語の原点ともいえる「五七五七七」この短詩形、また然り。心を籠めて向き合い、読み続けて行きたいと思う。 
           大窪 和子(新アララギ編集委員)

 
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