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今月の秀歌と選評



 (2022年2月) < *印 旧仮名遣い

清野 八枝(HP運営委員)


 
秀作
 


くるまえび

病に伏しし朝のベッドに我の聴くアレクサの流す音楽の調べ
我に乞い火つかぬタバコ口にせし最期の時の父の微笑み
アンデスの星眺めつつ虫の音に耳傾けてコーヒーを飲む


評)
前の歌、病のベッドで静かに好きな音楽を聴いている作者。アレクサが作者のリクエストに応えて音楽を流し心を慰めてくれる、穏やかな朝の時間である。療養につとめ、リハビリに励んで一日も早く回復されることを願う。後の歌、父の最後の願いを叶えてタバコをくわえさせた作者に見せた父の微笑み。最期の時の父と子のふれあう心が詠まれ胸打たれる。三首目、大自然の中に仰ぐ星々、虫の音、そしてコーヒーの香り、読者の心もひろびろと解放されてゆく。
 


原田 好美

一面に霜降りし畑に白菜の縮み上がりぬ大寒の朝
足摺に近き故郷に咲きていし藪椿思う立春のころ


評)
前の歌、大寒は1月20日頃から立春にかけての15日間を言い、今年も非常に厳しい寒さであった。「白菜の縮み上がりぬ」の表現が一面の霜に覆われた畑の様子をよく捉えている。後の歌、懐かしいふるさとの早春の風景がなめらかな調べに詠み上げられ、藪椿の赤い花の色が印象的である。
 


はな

ふるさとの実を取るだけの梅林の雪折れ枝に蕾開きぬ
おかえりと菩薩のような笑顔見せ三晩眠りて母は逝きたり


評)
前の歌、ふるさとの暮らしに根ざした梅の実を取る梅林に、雪の重みで折れてしまった枝を見た作者は、その枝先に小さな蕾を開いている梅の花を見つけ、そのけなげな可憐な花に心を打たれている。後の歌、「おかえり」と作者を迎えた母の笑顔が菩薩のような優しさに満ちていたのであろう。下の句は作者の顔を見て安心したのだろうか、眠り続けて穏やかに亡くなった母を詠み胸を打たれる。
 


時雨紫

肩車の幼の手伸び庭先に香れる白きプルメリア摘む
孫守りのひと日の終わりの夕焼けは夫と二人の労いの色


評)
前の歌、南国に住む作者の庭に咲くプルメリアに心ひかれた幼子が、肩車されながら手を伸ばしてその花を摘む可愛らしい様子を詠む。幼子と香り高いプルメリアが清らかで温かい雰囲気の一首にしている。後の歌、肩車をしたのは夫なのであろうか。無事に孫守りの終わったほっとした気持で夕焼けを眺める、二人の満ち足りた思いがしみじみと伝わる。
 


ふみ香

遠き山白く霞めばこの谷に風吹き初めて小雪舞い来る
「雪注意」の長きトンネル「最高地点」に至ればハンドルを強く握りぬ


評)
前の歌、冬のはじめの季節感を山や谷をわたる風や雪を俯瞰して捉え、動きのある映像が見える印象的な一首となった。後の歌、雪の深い地方であろうか。上二句で作者の置かれた状況が巧みに描き出され、トンネルに入り「最高地点」にかかった時の作者の緊張感が、実感を持って読者に伝わって来る。
 


大村 繁樹 *

波止めに駆け上ぐる波に向かひ立つ冬芽の未だ硬き欅の
大欅の枝のかなたに浮かび来る妻と住みゐし武蔵野の森


評)
前の歌、荒々しい冬の海に凛として向き合う欅の木々が見えてくる。波の勢いや冬芽の硬い梢の様子がよく描き出されて、作者の欅に寄せる思いの深さを感じさせる。後の歌、遠い昔に妻と住んでいた武蔵野の森を思い出している。同じような大欅が幾本もあったのであろう。懐かしいあの頃を思い、今はしみじみと亡き妻を偲ぶ作者が浮かんでくる。
 


夢子

二十年経った今でも着てしまう貴方と歩いたピンクのブラウス
親孝行する暇もなく後にせしふるさと東京幻のごと


評)
前の歌、ピンクの素敵なブラウスなのだろう。上の句には、ブラウスよりもその方への思いが今もあることを感じさせ心を打つ。時の流れの切なさを思う一首である。後の歌、どのような事情であったのかわからないが、親孝行をする暇もなく離れてしまったふるさと東京も、あの時の喜びも悲しみもすべてが幻のように遠い過去のことになってしまった、という作者のしみじみとした感慨に打たれる。
 


色彩子

干すシャツを揺らして通る風さやかベランダ越しに春は来たりぬ
カーネーション母に贈るとメールありスマホに浮かぶ息子の笑顔


評)
前の歌、上の句のシャツを揺らす風には、もう冬の冷たさがなくなった。ベランダをわたる爽やかな風に春の到来を感じる作者の喜びが素直に詠みあげられている。後の歌、「母の日」が近づいたある日、息子から届いたメールである。普段は照れくさくて言えない母への感謝をカーネーションに託す息子の笑顔がスマホの上に浮かんできて作者も読者も胸が温もる一首である。
 


はずき

タイガーのゴルフキャリアの断絶かと我ら憂いし2月の大事故
歩くことさえ疑問視されしタイガーの闘士精神超人的なり


評)
前の歌、高速道路上の大変な事故で、作者を含めた世界中のゴルフファンが、彼はもうプレーヤーとして復帰できないのでは、とショックを受けた、その強い衝撃が表現されている。後の歌、まさに上の句そのままの状態であったタイガーが、不屈の意志によるリハビリによって、再びプレーする場に戻って来たことを喜び、その「超人的な」「闘士精神」を称える。一連にはタイガーへの熱い応援と共感が込められて読者に伝わって来る。
 


はなえ

久々に目移りしつつ選ぶチョコ教室の友らに差し入れせんと
友人にチョコを選びし学生のころのときめき思い出したり


評)
前の歌、バレンタインのチョコレートを選んでいる作者の心の弾みがリズムに乗って楽しく詠みあげられている。後の歌、チョコレートを選びながら、学生時代のバレンタインデイのときめきを思い出す作者。甘く懐かしい思い出がなめらかな調べとなって詠み出されている。
 

佳作



鈴木 英一

テニスゲームに熱中すると近頃はカウントしばしば頭から消ゆ
連れし孫が生後四日の子ヤギ抱けば母ヤギとたんに声上げ鳴けり


評)
前の歌、カウントを忘れるほど面白い楽しいコートの時間なのだろう。楽しみを共にする仲間がいることはなんと幸せなことだろう。カウントを忘れて笑い出す場面が目に浮かぶようだ。後の歌、母親の気持は人も動物も同じなのだと胸を打たれる。下の句には突然鳴き出された作者の驚きが伝わって来る。
 


黒川 泰雄

習い事なにをやってもすぐ飽きるこの子もいつか好きを見つけむ
満月を観つつ診察の終わり待つ二歳の幼子注射に泣かず


評)
前の歌、お孫さんなのであろう。いつかは目指す目標を見つけるだろうと温かく見守る作者。上の句は、大抵の子供たちは似たようなものかとほほえましい。後の歌、もしかしたら、幼子とその母親を待つ車の窓から満月を見ていた作者だろうか。下の句は幼いながら注射の痛みに耐えた幼子への作者のいとおしみが溢れている。
 


紅葉

大雪と重なるテレワーク早々に今年の運を使ってしまいぬ
郵便を待たずに今年は合格の発表サイトを開いてみたり


評)
前の歌、二つが重なって不運だった、と言う。それぞれに在宅勤務を認めてもらえるはずだったのか、一首には作者の残念な思いが強く表現されている。後の歌、最近は試験の結果をウェブサイトで発表することが当たり前になっているが、正式には書面が郵送されてくる。今年は合格の自信があったのだろうか、早く結果を知りたかった作者の期待が伝わってくる。
 


鮫島 洋二郎

老い楽し温もりこもる冬の部屋一生を掛けて読む広辞苑
ベランダの冬の日だまりに蜂の来て朝はむくろとなりし静けさ


評)
前の歌、上の句には、老いを楽しむ幸せが伝わってくる。下の句には作者の個性が感じられ、穏やかな冬の時間が流れる一首である。後の歌、昆虫の生と死の静かなありようを見つめる作者がいる。
 


村上 宗

いつだって 本当に好きで ありたくて 君の真心 射止めてみたし


評)
本当に好きな「君の真心」がほしい、と真っ直ぐに素直に詠んでいる。言葉の遊びや思いつく言葉の断片を並べるのではなく、読む人に届く表現であることが大切で、この一首は作者の切ない思いが読者に伝わると思う。空白を入れる表記はこのホームページでは用いない。今回は初稿のみでしたのでこの一首を載せましたが、次回も是非みずみずしい歌をお寄せ下さい。
 
 
寸言

 オミクロン株により、東京では連日一万人を超える感染者が出ています。感染対策をしつつ、コロナ下でできる行動を増やしていきたいと思っています。ホームページ締切後、2月24日、ロシアがウクライナ侵攻をはじめました。日々伝えられる武力侵攻のニュースに、ロシアへの、プーチン大統領への怒りと不信感が増すばかりです。核兵器の使用を示唆して脅すなど、言語道断、決して許せない。侵攻を止めさせる、戦争を止めさせる、プーチンを止める。世界中の団結と知恵がウクライナに平和を取り戻しますように、祈っています。 
              清野八枝(HP運営委員)

 
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