作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2022年3月) < *印 旧仮名遣い

八木 康子(HP運営委員)


 
秀作
 


中島 裕康

夕闇の色の移りて散水機独り言つごとリズム刻めり
鍵盤をさやかに叩く人のあり浅き午睡の夢を追うごと


評)
初め、音楽に造詣の深い作者の独特な表現と感性に戸惑いましたが、柔軟な対応力で真摯に向き合い、共感を呼ぶ魅力的な作品になりました。
 


はるたか

連れ添いて五十八年良き夫にありしかと聞く度胸のあらず
百歳まで生きられると思い百歳までは無理かと思い九十四歳


評)
奥さんとの温かな支え合いで今日があるのですね。歌から、生き方や性格まで見えるものだと改めて思っています。2句は「生きんと思い」で定型になりますが、意味が微妙に違ってくるでしょうか。
 


時雨紫

ウクライナに連日止まざる爆撃音負傷せし子らの映像痛まし
妊婦も子らも標的にせり独裁者の野心剥き出す気負いのむごし


評)
ロシアの侵攻からもう一か月。時々刻々状況が替り、その上映像からの作歌となれば、つい避けがちですが、それでも歌わずにいられない衝迫が伝わります。
 


鮫島 洋二郎

春おぼろお椀伏せたる形して雪をいただく屋久島の見ゆ
ウクライナの山々萌えて緑なす春を待ちいる名草の芽吹き


評)
一首目のこの風景は魅力的ですね。屋久島は標高によって亜熱帯から亜寒帯まであり、凍った雪には気をつけるようにと聞いたことがあります。2首目、推敲の末、大きく発想を飛躍させて時事詠になりました。
 


ふみ香

「ただいま」と言えばただいまを真似て鳴く猫は尾を立て頬すり寄せる
吹く風に古き我が家のガラス戸は低音の響きチェンバロの音


評)
1首目、ほっこりと温かな風に包まれるような歌。2首目も、あるがままを飄々と詠んで、軽みにプラスして秘かに楽しんでいる様子さえ浮かんできます。
 


はな

指編みは母の温もり思い出す指の間から優しさ溢る
リラの花待ち受け画面に咲き満ちる父よいつでも花見に来てよ


評)
人には皆それぞれの物語があるものですが、はなさんの、現実を受け止めようとする真摯な姿勢がじわりと伝わります。
 


夢子

留守電に残れる古き君の声消すこともなくたまに聞き入る
振り向けば何時でもそこに居てくれし貴方が居ないこの世を生きる


評)
さらりと詠んでいますが、作者の一番深いところの思いが、読む人の心にさざ波のように広がります。
 

佳作



はなえ

「かわいい」と声をかけると甥っ子は丸いほっぺをつついてみせる
「じいちゃん」と片言に言う甥っ子と一日遊ぶ父は笑顔で


評)
日常の言葉だけを使って、自然体で目に浮かぶように歌にできるのは、誰にでもできる事ではなく、いい家族に恵まれた所以でしょうね。
 


原田 好美

もう会えぬ声も聞けぬとうろ深し離れ住みいし母逝きてより
水仙の芽が出ていたり枯れ草を分けて伸びゆく日差し求めて


評)
しみじみと気持ちが伝わります。時々に歌に向き合うことで少しずつでも洞が小さくなっていくことを願っています。
 


鈴木 英一

初めての小学校の出前授業四十分はあつと言ふ間に
コロナ禍に小学校もタブレット児ら馴染みしかニューノーマルに


評)
1首目、下の句に臨場感が凝縮されています。出前授業の内容やご苦労でもっとできそうですね。この2首目も連作の仲間に入れていいと思いますし。
 


紅葉

学生の姿の消えし運動場春の日差しはもうすぐなのに


評)
下の句が万人の思いを代弁しています。長引くコロナで、短大生などは入学からずっとマスク姿のままで卒業式を迎えたと聞き、何とも言葉がありません。
 


大村 繁樹 *

本棚に北陸アララギ誌『柊』と父の使ひし古きルーペと
家業継ぐと戻りし父か我は欲を捨て得ざりけり独り子のためとて


評)
作者が短歌の道を継いで精進されていることを、お父さんはきっと喜んでいることでしょう。対象が「ルーぺ」なので<遣ひし>は改めました。
 


くるまえび

今日もまた雨の冷たいこんな夜暖炉の前で読書に耽る


評)
最終稿に選ばなかった「生きて来た意地を通したいばら道米寿を前に心静かに」も、様々な物語を内包していて心に沁みます。
 


はずき

突然の引退通知に驚きぬ我が美容師の決心堅く
驚きのカットとカラーの値段聞く以前の倍を軽く超えいぬ


評)
美容院を詠んだ歌はありそうでほとんど記憶になく新鮮です。今後も様々なテーマに挑戦していってほしいと思っています。
 


色彩子

粉雪にヘッドライトが反射して白く流れき母が逝った夜


評)
色をテーマにした連作の一首。「好きな色なにかと聞かれし目の前にうす桃色の君のくちびる」にも惹かれましたが、一連、先ず「色」が念頭にあって作った感が少し気になりました。
 
 
寸言

 長引くコロナに、ロシアのウクライナ侵攻、そして途切れない地震と、落ち着かない日々でした。心ここにあらずのような気分の中、皆さんの作品に向き合うことで、何とか一か月、ようやく4月を迎えようとしています。籠りがちな暮らしに、多少なりとも視野を広げられる一つとして、様々な歌に出合う幸せも大きいと、改めて思っています。 
              八木康子(HP運営委員)

 
バックナンバー