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今月の秀歌と選評



 (2022年5月) < *印 旧仮名遣い

金野 久子(HP運営委員)


 
秀作
 


はるたか

カリエスの仰臥治療の十年を含みて今われは九十四歳
ばね指で按摩出来ねば「背中でも摩りましょうか」と妻の言うなり


評)
大変な治療を乗り越えて今ある生命の尊さを静かに詠いあげていて感動しました。2首目も奥様の優しさを順直に表現されてほのぼのとした温かさが伝わってきます。
 


鮫島 洋二郎 *

日本一宇宙に近き種子島に赤米植ゑて豊作願ふ
道の駅に作りし人の名前付く地産地消の春トマト買ふ


評)
宇宙センターのある種子島に住む作者が古代米の赤米を植えている対比が面白い。2首目、さりげない日常 からの一齣を掬い上げているところが良い。キーウの惨禍を詠った歌も良いと思ったが先月の歌に重なるので割愛した。
 


廣 *

電話なきことは良きかととふたり妻の手術を自宅にて待つ
カテーテルに繋がれし妻を思ひつつ幾たびも見る時計の針を


評)
コロナ禍で妻の手術にも立ち会うことのできないもどかしさが伝わってくる。「幾たびも見る時計の針を」と具体的な表現が切実である。3首目に無事退院された歌があり安心しました。
 


大村 繁樹 *

三国山のしめ縄回せる大欅高き梢も芽吹きそめたり
三国山芽吹きし森に蘇る聖歌を歌ふ亡き妻の声


評)
一首目、大欅の梢の高いところまで着目し「芽吹き染めたり」と捉え、新緑が芽吹くさまが爽やかに表現されている。2首目はその森で亡き妻を想う作者がいる。美しい情景のなかに作者の感情が投影されている。
 


時雨紫

コロナ禍の家籠りよりの解放と夫の出でゆく春風を背に
香りよき抹茶を点てれば夫の来ていつもの二人の静かな会話


評)
前の歌、結句の「春風を背に」としたところが心憎く平凡さを脱却した。2首ともご夫婦の静かな日常生活の歌であるが、読んでいて平穏な幸せを運んでくるような歌である。
 


鈴木 英一

ウクライナの空と小麦を表せる国旗を見れば滅ぶなかれと
軒先に蟻地獄らの巣穴あり近くに蟻ら巣を作りいる


評)
前の歌。推敲を重ねられて国旗に寄せる作者の心情を「滅ぶなかれと」ストレートに詠い上げて引き締まった歌になった。後の歌も表現に苦労されたが、すっきりと仕上りました。推敲を厭わず工夫をかさねることの大切さを私も学びました。
 


くるまえび

故郷の友とズームで会える今日何語らんか胸おどる朝
長き道夢を見ながら思うまま歩みきたりぬ八十六年


評)
コロナ禍のため私たちは交流の不自由さに耐えてきましたが、幸いなことにオンラインで会えるその喜びが「胸おどる朝」に素直に表現されています。時差もあっての朝なのでしょう。後の歌も飾り気のないごく素直な言葉ですが、八十六年の重みがしっかりと表現されていると思います。
 


はな

桜蘂吹き寄せられし石段を登れば青し桜並木は
子燕の声賑やかな店先に友と語りぬもうすぐ梅雨ね


評)
1首目、新緑に変わった桜並木の実景をよく見つめ捉えています。2首目は結句の「もうすぐ梅雨ね」が歌に軽快な表情をもたらしました。
 

佳作



原田 好美

吾に代わり炊事せし夫の筑前煮味染む椎茸美味しいと食む
夕食後今日もご飯がつくれたと安堵する夫に我は頷く


評)
リハビリ中の作者の為に炊事をする夫の優しさと作者の素直な感謝の気持ちが伝わってくる歌。「味染む椎茸美味しいと食む」は幸せな味だったことでしょう。
 


紅葉

中吊りのコピーを何度も読み返す「いつでもなりたいじぶんになれる」
受かるなら模試代くらいはやすやすと払ってみせる気分か今は


評)
中吊りのコピーから歌が生まれた。着眼点が素晴らしい。歌の材料は至るとところありますね。後の歌も「いつでもなりたいじぶんになれる」から出来た歌かもしれませんね。
 


黒川 泰雄

「もうやめた」倦んだ老妻言い放つ朝昼晩の飯の支度に
楽しげに夫婦引き連れ犬が行く落ち葉舞い散る冬の山径


評)
前の歌、皮肉っぽく言っているが、奥様の気持ちを受け止めている作者が見えてどこかユーモラスである。後の歌、工夫を重ねて良い歌に仕上げた努力が嬉しい。
 


夢子

花冷えの故郷思えば目に浮かぶ勉強部屋の小さな火鉢
恋心秘めたる我をじっと見て「若いねえ」と一言いいし恩師を想う


評)
作者の郷愁の思いが「花冷えの故郷」「小さな火鉢」と響きあって、懐かしさを感じさせている。後の歌も回想詠だが素直な表現がいい。
 


はずき

コロナ禍にこもりしエナジー発散に勇んで始めるローンボーリング
最小のボール手に取り一球目重たく両手でルール違反に


評)
面白いスポーツがあるのですね。ボールのサイズも多々あって勇んで始めたけれどルール違反とは。最終稿には出ていませんが「ハワイ晴れ気分転換のニューゲーム芝生の上をボール転がす」はゲームの楽しさを存分に伝えていました。
 


はなえ

山藤の揺るる向こうに田植え機を動かす人は歌声響かす    
朝採りて花瓶に挿しし山藤は夜を待たずに萎れはじめぬ


評)
何度か推敲を重ねて纏まりましたね。前の歌は初夏らしい爽やかさが感じられます。後の歌に私は正岡子規の藤の歌を思い出しました。
 


村上 宗

遠い過去二人に繋がる記憶ありあてなき旅はどこにも着かない


評)
漠然とした歌い方だが結句に作者の気持ちが伝えられたかと思う。
 


中島 裕康

ぬかるみに残りし轍の煌めきて朝霧深き里山に消ゆ


評)
朝霧の里山に轍が続き消えている光景。静かな佇まいが表出されている。最終稿の提出はなかったが、この一首を取り上げた。
 
 
寸言

 この一か月様々な投稿歌に出会い、最後まで推敲を重ねて仕上がっていく過程を見つめることができました。実景を思い返し自分は何を表現したいのか、倦まずたゆまず推敲をする事の大切さを改めて実感しています。コロナ禍の規制は緩和されつつありますが、ロシアによるウクライナ侵攻より既に三か月。停戦の糸口すら見えず、世の混迷は深まるばかり。こんな時こそ私たちの切なる思いを歌に遺してゆきたいと思います。
           金野久子(HP運営委員)

 
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