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今月の秀歌と選評



 (2022年7月) < *印 旧仮名遣い

小松 昶(HP運営委員)


 
秀作
 


はなえ

身起こすと体の痺れぼんやりと部屋の天井を見つめて過ごす
時折に寝込むわが身は絵を描くも技術の積みあがること遅し


評)
体調を崩されて、改稿1が最終稿となってしまったが、力を振り絞って完成させた歌。症状を具体的に提示して、その苦悩を読者に様々に想像させていて、歌に厚みがもたらされている。特に、後の歌の下句は、通常なら「技術の向上思うに任せず」くらいに纏めそうだが、本作のもどかしく字足らずの表現は、そんな生易しい苦衷ではないことを言外に訴えているようで胸を打たれた。はなえさん、絵画でも、技術より大事なものがあるかもしれませんね。
 


吉井 秀雄

建ちあがれムソルグスキー「キエフの大門」鳴り止まぬ鐘を凱歌とぞ聞く
うち続く戦火のけぶりかき消して風よ渡れよウクライナの地を


評)
ロシアの一方的な軍事侵攻を受けているウクライナの象徴として名高い「キエフの大門(黄金の門)」はムソルグスキーの「展覧会の絵」組曲でも重要な、力強く堂々とした一曲となっており、国民は励まされている事だろう(ロシアの作曲家なので、微妙かもしれないが)。掲出歌はウクライナへの心の躍るような応援歌として、後の歌ともに独特な発想が魅力的である。
 



待ち合はす銀座和光に昔日の猛者の現る下駄の音高く
若き日にトレイルランで駆け抜けし武甲のいただき遠く眺むる


評)
前:具体を客観的に写生することにより、作者の心情や友の人柄、また二人の関係性を、読者に色とりどりに想像させる楽しい作として成功している。赤彦が『歌道小見』で特に強調したアララギの伝統的な表現法に通じるでしょう。後:爽やかで生き生きとした思い出、「遠く」は距離と時間と両方に関わるのですね。
 


原田 好美

梅雨明けの陽射しを浴びてくちなしの白き八重花匂やかに咲く
香草を刻み入れたる冷や汁を夫のつくりて吾が箸進む


評)
前:季節感が豊かに濃やかに描写されて作者の感動がよく伝わる読みごたえのある歌になっています。後:上の句に優しい夫の濃やかな愛情を感じます。作者の幸せな気持ちが結句の具体を通して表現されていてます。
 


鮫島 洋二郎

ヤゴ歩く清き流れに足浸し青葉風吹く峡谷にひとり
太陽の花と言われてヒマワリの夏盛りゆく戦無き島


評)
前:初夏のころの清々しい空気感が表現されています、少し寂しさはあるけれど、、、。後:ロシアによる一方的な侵攻を受けているウクライナの国花であるヒマワリは、この、今のところは平和な日本では無邪気に咲き盛っている。彼の国の悲惨な現状に心を痛めている作者なのだろう。
 


時雨紫

コロナ禍の濃茶の回し飲み止めて心込め練る一人一碗
静々と畳の縁を越えしとき各服点ての茶のささやけり


評)
茶会の場面。静かな、しかし緊張感の漂う茶室での振る舞いや心の動きを、新鮮な驚きと感動をもって鑑賞しました。こういう日本の伝統文化を大切に思う作者の心がいたるところに滲んでいます。
 


大村 繁樹

高校生の互ひの夢をこの土手に語りき海に沈む日見つつ
君に我に五十四年の経ちにけり今こそ君に思ひ伝へめ


評)
かつて淡い思いを寄せていた高校の同級生への思いが次第に募ってくる作者なのか。連続ドラマを観ているようなワクワク感のある一連であるが、歌はあくまでも一首一首が勝負です。
 


はな

初めての梅干しづくり梅の実を優しく洗う赤子の様に
どくだみの花白々と咲く夜を眼光らせ野良猫の行く


評)
前:梅を傷つけないようにと緊張感をもって洗うのである。結句の比喩が大袈裟で楽しい。後:出会った時のドキッとする瞬間を捉えたのであろうが、ドクダミと猫の取り合わせも面白い。しばらく見つめ合っていると何か似た者同士というような親近感が湧いてくる予感がする。
 


鈴木 英一

小諸に着きやうやく見つけしそば屋なり寡黙なおやじの手打ちの旨し
美濃和紙を自在に使ひしあかりアート幻想的な白さの浮かぶ


評)
前:古くからの日本有数のそば処、お喋りは苦手だが、腕はよいという職人気質のおやじさん、小諸の雰囲気が感じられます。後:伝統的な美濃和紙と現代的な光のアートの様々な作品を目にした感動が下句に表現されています。一度見に行きたいと思う読者も多いことでしょう。
 

佳作



紅葉

四時起きをしているという友のいてこれも勉強会の刺激と喜ぶ 
本番に震えなくてもいいように年寄りらしい解法を得たい


評)
何かの試験の準備に余念がない作者、幾つになっても挑戦する姿は人の心を打つものです。震えるのは真剣に向かっている証拠ですね、何とか力を十分に発揮したいとの願いが素直に語られています。
 


夢子

命あるこの世の春が巡り来てコロナの家居に歌集を作る
惚れるとは思いみざりし六十の君と暮らしてはや二十年


評)
前:春が来てもコロナ禍ゆえ外出も思うようにならないが、退屈な家居を逆手に取る逞しい作者が見えてきます。後:人生におけるめぐり逢いとはつくづく不思議なものと改めて思います。
 


はるたか

真空管時代の技師のわれはいま液晶テレビの原理を知らず
脊柱管狭窄症を病む妻の痛み和らぐ夕餉明るし


評)
前:退職後も長く生きていると、そういうことにもなりますね。技術の進歩、時の流れを具体的に詠みこんで説得力があります。後:病む妻への愛の深さが窺われて、微笑ましい作となっています。
 


はずき

カメハメハ大王誕生大祭典州の休日こぞりて祝う
巨大レイお似合いの馬自慢げにプリンセス乗せパレード華やぐ


評)
前:ハワイを初めて統一した大王の祭典の様子が目の前に生き生きと浮かびます。人々に愛され敬われた王であったことが、これらの歌に滲み出ています。祭典を作者も心から楽しんでいるようで、読むうちにニンマリしてしまいます。
 


くるまえび

長き年共に歩みて波乱なく晩年迎え幸せに浸る
君の顔みずみずしくて花のよう長く咲いてよ最期の日まで


評)
色々なご苦労があった人生であられたでしょうが、晩年を幸せに暮らせることは何とありがたいことでしょう。それも、素敵な奥様がおられるからなので、その感謝の思いが滲みます。これからも、仲良く末永く、歌もお忘れなくお過ごしください。
 


久遠 恭子

故郷を思い出す頃感ずるはけふも囀る白鳥の歌
雨降りが止んで晴れ間が見える時十六夜心淀みなく冴え


評)
前:故郷を偲ぶ時はいつも白鳥を想うという歌ととりました。「感ずるは」あたりが再考できれば、と思います。後:晴れ間に大きな月をみた作者の冴え冴えとした心がよく表れていると思います。
 


鷹枕 司:副題・国葬さる者、棄民なる者

詞書:群衆の断絶
愛ととへ封殺を受くる群衆の今幾多ものアウシュビッツにて
詞書:原発、再稼働へ
紛ふなく血を絶たる鉄道線路にて去年はあらざるものとなりぬ 分裂炉


評)
重い副題、詞書で、社会への深淵なる思慮が背景にあるのは感じ取れますが、歌はやや観念的で、評者の心に具体的な像を結べず、共感するところまで行けません。もう少し読者に近づいて下さると、鑑賞が進み、感動も大きくなりそうです。
 
 
寸言

 このところの世相を反映して、コロナ禍からロシアのウクライナ侵攻に歌がシフトしている印象です。多くの情報が飛び交う中、真偽を見極め、いかに自分に引き付けて個性的に詠うかが問われているように思います。コロナ禍は夏に入り第7波となる感染の急増を見せ、過去最多を更新し、重症者も増えています。皆様もくれぐれも注意を怠らずに夏をお過ごしください。9月には斬新な独自の視点による様々な歌を楽しみにお待ちいたします。
           小松 昶(新アララギ会員)

 
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