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今月の秀歌と選評



 (2022年10月) < *印 旧仮名遣い

八木 康子(HP運営委員)


 
秀作
 


はな

街路樹の刈り落とされしまだ青き枝葉の放つ命の匂い
楽しませくれしとき過ぎ向日葵は種黒々と夕日に揺れる


評)
一読、晩夏・早秋の情景が、色や匂いまで鮮やかに伴って浮かび上がる。作者の前向きな生き方は、初稿からの「枝葉の放つ命の匂い」や「楽しませくれし季」などの言葉からもうかがえる。
 


廣 *

病む妻の来し方あはれ今更に朝な夕なに厨に立てば
パソコンの支援に幾度も訪れし老婦はいづこ空き家となりつ


評)
令和の今は、男女を問わず家事・育児も共にするのが普通になりつつあるとは言っても、夫人の看護と並行しての日々のご苦労の中、2首目も含めて温かな人柄がひたひたと共感を呼ぶ。
 


吉井 秀雄 *

緊急の連絡先のしるされし入居者食事停止となりぬ
おむすびを欲しと聞きこしケアマネに小さく結びてひとつ渡しぬ
もしやつひの食事となるか恐れつついひ結ぶ手の祈る如しも


評)
介護施設で働く作者だろうか、いつ何がおこるかわからない日常の、緊迫感漂う一連。最後の1首「金木犀の香の漂ふに窓開く点滴受け居る部屋に溢れよ」も沁みる。
 


時雨紫

古き茶は使い切りたき名残の月惜しまず掬う抹茶の濃緑
茶道具も共に老いると知りたれば普段使いの茶碗の愛し


評)
いつもながら作者の静かな息遣いがうかがえて、歌はその作者の人間性を伝えるものだと改めて思う。ことに後の歌の感慨は、長くこの道に精進されている人ならではのものだろう。
 


大村 繁樹 *

月に白きひたひさらせる「おばちやん」も囲みゐし父母も弟もなし
フィリピンのバナナ買ひたたくと聞けど食ふ幼き日の甘さの故に


評)
追想は、時に心を甘酸っぱくも温かくもする。短歌を詠む作業には苦しみもあるが、振り返りつつ当時の思いに浸ることができる恩恵も内包していると思っている。
 


夢子

留守電に残っていたか君の声10年経ちて蘇るもの
霞越しに振り返り見ればかのときの胸の鼓動が聞こえてくるよ


評)
年齢を重ねても、生き方次第で心は年を取らないとは、サミュエル・ウルマンの詩にもあるが、それを生き生きと具現している作者である。「10年」は「十年」と。
 


久遠 恭子

亡き人を思いおこせば苔むして見ゆる景色のいつまで続く
争いの果てにあるのはお互いのすれ違いだけそれだけなのに


評)
固まった自流に、助言などなかなか届くものではないと思うこともままある中、すぐさま受け入れての平明な詠みぶりは、作者の持つ柔軟性ゆえだろう。逡巡の気配はまだ残るが、表現など少しずつでも具体的になっていくことを期待したい。
 

佳作



原田 好美

吹く風に揺れるクレオメ色褪せて移ろう季節をしみじみ思う
車椅子を押されてめぐりゆく庭に楓一枚紅葉もみじしており


評)
素直に五感を研ぎ澄ましさえすれば、歌の種は尽きないと教えてくれる見本のような二首。
 


紅葉

緊張がほとんどなくてそれはそれで問題と思う3回目模試
神田川沿いに並んだ予備校と酒場の看板だけが目に入る



評)
クールでさっぱりとした詠みぶりに、そこはかとなくアンニュイな気分の漂う手法は、作者独特のもので、なかなか真似できるものではないと思っている。
 


鈴木 英一

清しとは見えぬが浄化されいしや霞が浦にてもトライアスロン
広らなる畑に手植えされ終えし白菜の苗雨を呼びしや


評)
散歩の折の嘱目詠だろうか。心を無にして五感を開放して歩けば、歌の種は向こうからやってくるという手応えは得難いものだと思う。
 


くるまえび

見上げれば月なき夜空星座さえ見わかぬほどの輝きの下


評)
作者の住むハワイの新月の空は、万人を羨ましがらせるに足るまぶしいほどの輝きなのだろう。十年近く前の作「砂中にて昼を眠れるクルマエビ夜は光の乱舞凄まじ」のような、養殖業に携わった作者ならではの回想から生まれる歌もまた披露してほしい。
 


はずき

微笑みてバスに乗られし天皇の世界に示すその慎ましさ
おもてなしも特別扱いも固辞されし我が天皇は世界の誇り


評)
エリザベス女王の国葬の折の一連、その最後の2首。どちらも結句が少し言い過ぎかとも思ったが、思いもかけないでき事の続く昨今の世情が背景にあると思えば、うなずける。
 
 
寸言

 わずか三十一音のこの小詩型の中に、無限の小宇宙が広がっていることなど思いもしないまま、日夜感嘆しつつ、いつの間にかとりこになっている不思議を思っています。
 幼い時から綴られた文字の世界に魅了され、ひょんなことから、こうして、紙と鉛筆さえあれば足りる世界にご縁を得て、皆さんと共に学んでいく日々を幸せこの上ない巡り合わせと思っています。これからもどんな作品に出会えるか、楽しみに待っています。
           八木 康子(HP運営委員)

 
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