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今月の秀歌と選評



 (2023年1月) < *印 旧仮名遣い

小松 昶(HP運営委員)


 
秀作
 


大村 繁樹 *

プーチン氏この侵攻を自衛と言ふ伯父も戦死せり家族守ると
自衛とて戦認むれば果てのなき軍備増強に進みゆくべし


評)
前:かつての日本も同様な理由で大陸に侵攻したが、その中に作者の伯父上も出征、戦死されたのか。指導部の無謀な戦に殺され、苦しむのはいつも国民だ。なお、最終稿の三句は「自衛と言い」、下句は「我が伯父も戦死す、、」であったが、歌意を汲んで「自衛と言ふ」で一息入れて、また四句を完了形にするために筆を入れた。後:どこまでが「自衛」なのか、「反撃」論もあり、難しい国際関係に日本の態度も揺れ動く。作者の懸念も理解できるところだ。策は賢明なる外交努力しかないのだろう。日米安全保障条約も絡んで事は簡単ではなく、日本の針路を考えさせる歌である。
 


久遠 恭子

初氷ざらめに似てる手にすくい口に含めば冷たさ溶ける
雪水よ土に沁み込み道端の水仙育つ湧き水になれ


評)
前:冬の純真さを味わうような季節感覚があり、また特に下句に柔らかい詩的な感性がうかがわれる。後:春の到来を心待ちにする作者であろう。下句に力強い期待が込められているが、その発想が何とも素敵である。
 


廣 *

山間やまあひの里に舞ひゆく夜神楽は日の出に合はせ岩戸を開く
手力雄たぢからをの岩戸を取りて投ぐるとき朝の光は峰々に満つ


評)
前:スサノオの乱行に怒り、岩戸に籠った姉の天照大神を引き出すための舞である。状況設定がきちんとできていて、また臨場感も備え、読者の感興はいやがうえにも増してゆく。後:いよいよクライマックスで、その清々しい希望に溢れた感動が下句に如実に表現されている。
 


はな

北陸の淡き冬陽を野良猫は痩せた体に溜めんと動かず 
白雲の茜に染まる冬空を烏去りゆき街冴え冴えし


評)
前:厳しい北陸の冬、野良猫にも生き延びるための知恵が自然に備わっているようだ。小さな動物のそういう姿を見つめる作者の眼差しが温かい。「冬陽を溜める」という表現にも感じ入った。後:上の句の澄みきった爽やかさや烏が鳴きながら塒に帰る寂しさを、結句「冴え冴えし」がしっかり受け止めて感慨深い読み応えのある一首になっている。
 


原田 好美

裸木のけやき通りを進み行き雲の過ぎゆく富士を仰ぎぬ
義妹いもうとの手料理並ぶなかふるさとの雪花菜寿司ありまず手を伸ばす


評)
前:「裸木のけやき通り」「雲の過ぎゆく」という具体描写が歌に命を吹き込み、爽やかな印象を深めていよう。後:「いもうとの手料理」「雪花菜寿司」という郷土料理の具体が一首を立ち上がらせ、また、結句に作者の喜びが具体的な行動で表現されていてとても良い。二、三句は「手料理のなかふるさとの」と定型にしてもよいでしょう。なお、雪花菜は(きらず/おから)と読んだ。
 


時雨紫

アルバムの写真に添えし幼子の得意なひとこといつしかなくなる
レスリングに手加減なしの三歳児蹴りの写真に痛み蘇る


評)
前:お孫さんだろうか、覚えたての言葉が嬉しくて何度も話すのは可愛いもので、始めの頃には写真にその言葉を書き添えていたのが、いつの間にかたくさん話すようになったからか、添えなくなった。一抹の寂しさが具体を通して感じられる。後:蹴られた時は痛かったなあ、でもそれも成長の証であると苦笑いするのであろう。孫とはかくも愛しい存在なのだ。
 


鈴木 英一 *

桂浜に龍馬の見つむる広き海世界への視点この地にありしか
池の鴨増えて二手に分かれをり居心地良き場所先着順か


評)
前:桂浜の龍馬の銅像を前にしての作であろう、龍馬の国際的・革新的な考えに思いを馳せている作者の心が窺われる。後:鴨も人間と同じように生存・繁殖に有利な選択をする、その本能の不思議に注目する作者である。もっとも、大量に殺しあう人間ほど鴨は愚かではない。
 


はるたか

エコー検査明日に控える妻と居て夕餉の席の空気の重し
異常の異が分からず尋ねに来る妻を我はいよいよ愛しく思う


評)
前:老老介護の妻の腹痛の検査、下句に妻の病を不安げに心配する作者の心が表れている。後:漢字の書き方を忘れた妻なのか。言外に、「かつてはあんなにしっかり者であったのに、衰えてしまったなあ」と驚きと共に妻を一層いつくしむ気持ちが見えて心に響く。
 

佳作



夢子

脳内のミトコンドリアを元気にと二時間おきに深呼吸する
マグネット両手に持ちて老いの日に引き寄せている幸せのかけら


評)
前:細胞内のミトコンドリアではATPというエネルギー物質を生み出しているが、化学反応には酸素が必要で、それに基づいての作であろう。下句の努力で本当に有意な効果があるのか、何ともユーモラス。後:上の句の隠喩がうまく効いていて楽しい歌になっている。新アララギでは伝統として直接的に詠むことをお薦めするが、現代短歌では普通に使われてはいる。
 


吉井 秀雄 *

この寺は甍の他は見えざりき黄に染め上げて咲くは女郎花
寄り添ひて男郎花をとこへしそして女郎花暮れゆくみ寺に共に咲きゐつ


評)
前:秋の七草の女郎花が寺内に咲き溢れている。高い甍以外は黄色一色に埋め尽くされている様子が目に見えるようだ。後:寺に近づくと、男郎花も混ざっている所もあったのだろう。女郎花の黄色と男郎花の白花とがいかにも仲良さそうに並んで咲いている情景に読者も癒されるだろう。
 


はずき

四人とも親の逝きたる年を超え長寿は親のおかげと感謝す
長生きの時代に生きる幸せの四倍にもなる姉妹きょうだいなれば


評)
前:今年、卒寿〜喜寿となる四姉妹、長寿には良い生活習慣や温暖なハワイの環境も関係するが、親御さんの愛情や遺伝も係わって力があるだろう。感謝の気持ちがまた更に寿命を延ばすことだろう。後:四姉妹、仲良く助け合って更に幸せに暮らしてください。幸せも四(最終稿は4)倍になるという把握が素晴らしい。
 


完全お欠

老い人に席を譲るもチッチッと舌打ち続くに吾が呆れたり
球児達甲子園には魔物など居ない君らが作り上げた幻


評)
前:折角の厚意が、却って反感や怒りを買ってしまった作者のやり場のない気持ちが結句に表れている。あるある、と共感する読者もいるはずである。後:「甲子園の魔物に負けてしまった」とこぼす生徒がいたのか。「そうではなく地道に頑張って力を付ければ勝てるよ」と叱咤激励する作者なのだろう。その思いが尊い。
 


紅葉

ウイルスの実力を知る発熱から4日もたつのに下がる気配なし
サッカーのついに昨日は負けたらし昨日の夜は静かなりしか


評)
前:コロナに感染してしまった作者、思っていたよりも重症感がありお手上げ状態なのだ。入院させてもらえなかったようで、一層不安だったことでしょう。後:ワールドカップだろう。昨日は負けたらしいが、コロナで家籠りのため街の様子が分からないが、静かだったか、、。という歌ととった。今回はコロナのためか改稿1のみで終わってしまったのが惜しまれる。もう回復されただろうか、、。
 


鷹枕 *

うちなべて胡乱監察係椅子に眠りこけゐし机の麺麭も
脱獄囚抗へ秩序投影機に檸檬果の血を磨り滴らすとも


評)
前:直接的には刑務所か収容所などの監察係を批判しているようだが、麺麭も出てきて、色々に解釈ができそうである。隠喩ともとれるが、詰まる所何を訴えたいのか判然としない。後:作者は官憲への嫌悪・批判を基に、脱獄囚に心を寄せているようだ。やはり隠喩を用いているが、直接には詠いにくい(世に憚られる?)内容かもしれない。痒いところに手が届かないもどかしさを感じる。
 
 
寸言

 我が国の内外は、今回の皆さまの歌にもうかがえるように、実に問題山積で、日々押しつぶされそうになりつつ暮らしている方も多いでしょう。が、その苦悩(時には歓びなども)を「短歌」という小詩形に昇華させてゆくことは、生きて行く標となり得るでしょう。今回の作品は多くの方が前よりも練度が明らかに増していると思います。秀作、佳作の差はほとんど無く、気にされることはありません。次回も期待しています。
           小松 昶(新アララギ会員)

 
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