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今月の秀歌と選評



 (2023年2月) < *印 旧仮名遣い

清野 八枝(HP運営委員)


 
秀作
 


廣 *

山間にぽつんと残る一軒家われを育みし古里を憶ふ  (TV「ぽつんと一軒家」)
読み書きの手元を照らす頼りなきランプの灯り火屋ほやの温もり
畑中の小道に白き霜柱踏みつつ通ひきをさなき我は


評)
テレビの「ぽつんと一軒家」を見てよみがえった作者の子供時代の回想詠である。電灯もない不自由な暮らしの中で、けなげに成長して来られた作者が彷彿とする。
二首目の下の句のランプの温かなぬくもりや三首目の幼い作者の映像は、読者の心をあたため感動をよぶ。
 


時雨紫

幼き日姉と描きたる灯籠の落書き隠る渦巻く雪に
母愛でしつくばいの筧青々と埋もれる雪に春を呼ぶがに


評)
「亡き母の庭」と小題を付け、ふるさとの姉の撮った動画の光景を詠む。前:幼い頃姉と灯籠に描いた落書きが雪に隠れてゆくさまが、具体的に美しく描かれた。後:茶人であった母の露地がすっぽりと雪に埋もれるなか、筧の青竹のみずみずしい色に心を打たれた作者の思いが下の句に見事に表現されている。
 


はるたか

弟危篤鳴ってはならぬ電話機がテレビの前につっ立っている
肺気腫に「えらい」「えらい」と呟きつつ「頑張ろう」と言いしが弟の最後


評)
前:上の句から作者の悲愴な思いと緊迫感が伝わってくる。下の句の一見乱暴な表現も、弟の万一の場合を告げる不吉なものとしてそこにあることを強く意識させ、印象的である。後:「えらい」は苦しい、痛い、の意味で、最後の時まで前向きに生きようとした弟の姿を詠んで胸打たれる。
 


はな

雪晴れの冬田は青き光もて雪深き麦の芽を育みぬ
夜を降る雪は言葉も消しゆくかOK二文字の子のメール見つむ


評)
前:雪の反射に青みを帯びる冬の田が、その雪の下にそっと麦の芽を育んでいるさまを思い描いている。歌の調べや言葉のイメージも美しく、作者独特の詩的な世界を感じさせる。後:しんとした雪の夜の作者の寂しさがしみじみと表現され、子との距離感をかみしめる下の句の余韻に打たれる。
 


吉井 秀雄 *

白花の藤袴に台座は覆はれて笑み柔らかき観自在菩薩
藤袴咲きて寂しき秋の日の翳ろひゆきて深きむらさき


評)
前:藤袴の清楚な白花に包まれるように秋のみ寺に観自在菩薩が立っていらっしゃる。下の句に詠まれたそのやわらかな微笑みに人々の心も癒されてゆくようだ。後:なめらかな調べの中に日の翳ろいと藤袴の紫の深まりが溶け合って、秋の寂しさを詠む美しい一首となっている。
 


原田 好美

冬の朝深呼吸して見上げれば薄桃色の紅富士の映ゆ
風強し真綿のような雲纏う富士の頂に日の差し初むる


評)
前:朝の冷気の中で、朝日を浴びた紅富士に向き合って心を奪われる作者がうかぶ。後:初句の「風強し」が全体を引き締めて、力のこもった冬富士の写生歌となっている。さまざまな富士山を写生して詠むことで、作者がとても良い歌の勉強の機会に恵まれていることをお伝えしたい。最終稿には入らなかったが、「冬枯れの富士の裾野を子が二人草をかき分け下校して来る」の風景も印象に残った。
 


夢子

身の程を知れとう言葉しりぞけて背伸びしながら生き延びてきぬ
高齢も後期となればさりげなくわが認知症のサインを探る


評)
イロハ歌に合わせた語順で詠むという意欲的な企画である。前:背伸びしながら生き延びてきた自身の人生を振り返って、その来し方をいまは肯う作者である。様々な困難を乗り越えてきたその強い生き方に、読者も心を打たれずにはおられない。後:推敲をかさね、発想を変えて、実感のある表現となった。語頭にしばられて歌の表現をするのは難しいと思うが、敢えて挑戦している作者に敬意を表したい。
 


鈴木 英一 *

島々の浮かぶ内海を屋島より一望しつつ時を忘れき 
伊予に来て甘くやはらかきみかんありとろける果肉を袋ごと食ふ (希少な愛媛みかん紅マドンナ)


評)
前:推敲を経て、瀬戸内海の大きな眺望と作者の感動が見事に表現されている。
後:珍しいみかん「紅マドンナ」の特別な美味しさがよく描写され読者を惹きつける。
 

佳作



早雲

誤ってマスクを外す保育士に「歯がいっぱい」と園児は驚く
穴開いたジーンズ履いてる若者に「困ってるのね」と気遣う我が祖母


評)
前:いつもマスクで隠れている保育士の口を初めて見た園児の新鮮な驚きが、「歯がいっぱい」に表現され、思わず笑ってしまった。自分たちと同じように歯がないものと思い込んでいたのかもしれない。何とも微笑ましいシーンを捉えた。後:「穴開きジーンズ」を履く若者を見て、いまの流行を知らずに、「困っているのね」と気遣う祖母の優しさと微笑ましさを詠む。作者の祖母への温かいまなざしが伝わってくる。
 


紅葉

届かない合格通知用意した次の一手に望みをつなぐ
いつまでも眠っていられる裏庭の冬眠中の亀を羨む


評)
改稿が出ていないので残念であるが、初稿へのコメントだけで非常によく推敲ができているので感心する。
前:「合格通知か」と詠嘆の終助詞「か」を入れるとはっきりする。作者の積極的な作戦が伝わってきて、読者も応援したくなる一首。
後:共感しつつ思わず微笑んでしまう。亀によせる作者の愛情があたたかく伝わってくる。
 


清水 織恵

スピードをゆるめてくれるトラックあり手を振ったらおどろくかしら
てらてらと雪反射する白い道もう会わぬ車とすれ違ってゆく


評)
前:下の句がユニークで作者らしい楽しさがある。雪解け水を跳ね上げないようにスピードをゆるめてくれるトラックへの感謝の思いである。
後:上の句はとけ残る雪道の描写がよくできている。下の句、相手を思いやり気づかいあった車にもう二度と会えないことにふと気づいた作者の感傷が感じられ、日々の暮らしの中の出会いと別れを想起させて余韻のある一首となった。
 


はずき

予選落ち初日ベストのJ.スピース期待せしソニーオープンハワイ
期待せし昨年優勝の松山英樹緊張伝わる苦戦の画面に


評)
今回は期待のプレーヤーがみな苦戦で、作者の歌も失望と落胆の報告となってしまった。次回は心の弾む材料に出会えますように。
 


よしの

息切れと異なる過呼吸に悟りし妹「今、焦ってる?」と声かけくれし
暴力を恐怖するわれのトラウマを洗うごと緑のレタスを目を剝きいる


評)
前:過呼吸の原因に思い当たる妹の優しさが伝わる。この妹の優しさに作者が慰められいたわられて来たことを思う。後:強いトラウマを抱えている作者の苦しみが伝わってくる内容の重い歌である。下の句の、剝いてゆくレタスのさわやかさが一首の重苦しさを流し去ってくれるようだ。最終稿は出されなかったが、改稿1の中から。
体調に気を付けて、次回の投稿をお待ちします。
 
 
寸言

 2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から1年が経過しましたが戦闘は泥沼化し、終結の見通しは立たず、暗澹たる思いの日々です。
 さて、今月は内容の重い作品もありましたが、それぞれの個性が表れて良い作品が多かったと思います。何より、皆さんの推敲の力が素晴らしくて、改稿のたびに感心させられました。ひとつ申し上げたいのは、添削された表現は、そのまま受け容れて、自分の歌として大切にしてほしいということです。余程気に入らない場合を除いて、わざわざ違う表現を探す必要はありません。そのようにして勉強していって下さい。
 また前回は私の浅い判断で大切なメンバーを深く傷つけてしまったことをお詫びいたします。私の判断の間違いであったことを深く反省いたしております。申し訳ございませんでした。
           清野 八枝(新アララギ会員)

 
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