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今月の秀歌と選評



 (2023年3月) < *印 旧仮名遣い

水野 康幸(HP運営委員)


 
秀作
 


オオムラシゲキ *

宇治に病む清原は「福井新聞」の我が歌を見て問ひ合はし来ぬ
奥さんは元気かとあの頃と変はらぬ声に清原の言ふ
時は過ぎてわが身はひとり尿漏れの襁褓のままに友の声きく


評)
自分の歌を偶然新聞に見た友人から四十年ぶりに電話が入り、その嬉しさ、電話の友の声、友も自分も体が弱ってしまった時の過ぎゆき、などを詠った感動的な連作である。「わが身はひとり」となりながら、友の声を聞いた時の作者の気持ちは如何ばかりだったであろうか。
 


吉井 秀雄 *

秋茜遠ざかりゆき足下に咲き残りゐる撫子の花
長瀞の七草の寺の撫子は日翳る庭に灯る如しも


評)
夕暮れの静かな寺の庭にひとり佇んでいる作者の、心に染み入るような静かな心境が、にじみ出ている。二首目、うす紅色の撫子の花が「ぽっ」と炎のように見える。「日陰る庭に灯る如しも」との描写が見事である。「日の暮れの撫子の寺の法搭をよぎり消えゆく鴉一羽の」も印象に残った。
 


時雨紫

釣釜は茶室に春を呼ぶらしも開きし蓋の湯気に揺れいる
息ひそめ客の見まもる釣釜の鎖目数え持ち上ぐるなり


評)
三月のみに使う釣釜をテーマにした歌。一首目、下の句が具体的で釜が湯気の中に揺れている様子がよく出ている。二首目、初句の「息ひそめ」の語にその場の緊迫感が伝わってくる。
 


黒川 泰雄

渓流に藪こぎするは闖入者枝に昼寝の蛇と目が合う
冬の陽がときに差し込む仏壇に亡父の好みし紫煙消え入る


評)
「薮こぎ」とは藪をかき分けてすすむこと。枝に昼寝していた蛇の領域に入って来たよそ者、と自分のことをユーモラスに言い、「闖入者」の語が的確である。二首目、ただ単に、「父の好みし紫煙が仏壇に消え入る」とだけ詠んでいるところに、ご父君を偲ぶ気持ちが表れている。
 


はな

裏庭の緑が日ごとに増えて来てリラの枝には若葉みっしり
ベランダにセーター干せば微かなる春陽匂いて顔埋めたり


評)
推敲して、下の句を具体的な「リラの枝には若葉みっしり」としたため、印象がはっきりとして良い歌になった。「みっしり」は俗語だが、実感のこもった語で許容できる。「春陽が匂う」は実際にはあり得ないが、春の陽を喜ぶ作者の気持ちがよく表れている。
 


原田 好美

紅白の花咲き満ちて梅祭り車椅子のわれ香りにつつまる
デイケアの送迎バスの降り際に「また来週ね」と友に手を振る


評)
「紅白の花咲き満ちて梅祭り」と気持ちの良いテンポで言葉が運ばれていて、祭りの楽しさが伝わってくる。二首目、友と互いに言った言葉をそのまま入れて、状況をありありと感じさせている。
 


はるたか

さみしければ長電話をかけていし弟も九十一歳にて逝きてしまいぬ
客が来れば仲直りするくらいなる喧嘩などして妻も吾も老ゆ


評)
よく長電話をしていた弟さんが亡くなった。「逝きてしまいぬ」に寂しさが表れている。二首目、些細なことで喧嘩していても客が来たらすぐ仲直りしている自分たちに気がついた、という歌。「妻も吾も老ゆ」という表現に仲の良いご夫婦を想像させる。
 


鈴木 英一

ノルディックスキーコースに足跡ありテンにも歩み易き道かな
雪中にテーブル作りて腰下ろし熱き紅茶に話のはずむ


評)
スキーコースにテンの足跡がある点に着目し、更に、動物にも歩み易い道だろうとした所が面白い。二首目、雪の中のテーブルを囲んでスキー仲間が談笑する様子が楽しい。
 



初めてのマイナカードの保険証に受付に来てしばし戸惑う
広大なネットの世界の片隅のわが部屋に籠りて三年が過ぐ


評)
科学技術の発達の結果、新しいものが生活に登場すると戸惑うもの。その姿がここにもある。二首目、広大な「ネット世界」と片隅の「わが部屋」との対比が面白い。「久々に訪ねてみれば閉じられし馴染の店に灯りも見えず」も印象に残った。
 

佳作



はずき

久々の晴天に安堵せし主催者の声高らかにライブ始まる
ウクレレはポルトガルから到来しハワイの少女アンナも弾きぬ


評)
主催者のマイクの声が晴天に響いて、作者の喜びが「声たからかに」の表現に出ている。二首目、ウクレレがハワイに広く普及していることがわかる。
 


夢子

天眼鏡無しには見えぬ小さき文字目薬の瓶を陽に掲げ見る
会いたいと夢に叫んで目覚むればあなたの居ない闇が広がる


評)
太陽に向かって目薬の瓶を掲げて見ている様子が浮かぶ。明るい春の日差しもうかがえるようだ。二首目、うら若き乙女の詠んだ歌であるかのよう。
 


早雲

スマホの中のアバターの孫抱く祖母を見て腕に抱かせたいと切に思いぬ
流れ来る寿司が常では侘しくていつかは銀座で諭吉をばら撒きたい


評)
スマホの中に孫の分身を映してそれを祖母にあげたのに、本当の孫を抱かせてあげなくて、半ば後悔しているという、微妙な心の動きを歌にしている。アバターという現代的な新しい内容に挑戦していて意欲的。二首目、流れ来る寿司だけではもの足りないとユーモラスな歌。
 


紅葉

金曜の疲れた感の薄らいでワークライフバランスを知る
           (ワークライフバランス;仕事と生活の調和のこと)
フィリップ曲線がなんであったかを確かめる意欲は残っていない


評)
ふとしたことで思い出したり、思い出さなかったり。日常よくあることを歌にしていて面白い。
 


清水 織恵

ふとん干し我も屋根に寝転んでからだのビタミンさわがしくなる
ほこり舞い春の陽まぶしきホームに立ち文庫本かざして電車待ちおり


評)
ふとんを干し、屋根に寝転んで、春の太陽の光をあびて、と畳みかけるように詠んでいて、春のウキウキした気分が歌のリズムに表われている。二首目、文庫本を読んでいたのだが、今はホームに差し入るまぶしい春の陽をよけるのにその本をかざしているという自分を描写している。
 
 
寸言

 初めてHPの運営委員の仕事を担当し、皆さまの様々な生活や詠いかたに接し、大変楽しく且つ意義深い1か月を過ごさせていただきました。
 私たち委員はこのHPで、皆様の作歌力、推敲力を伸ばす手助けをしています。ここはこのようにしたら、というアドバイスをしたり、改作のヒントを出したりしますが、それが皆さまの体験の実感を表現するのにピッタリだと思われれば、そのまま受け入れてよいのは言うまでもありません。しかし、実際に歌った場面を経験したのは皆さまの方なので、「このアドバイスはどうも納得がゆかない」と思われれば、委員の改作を鵜呑みにせず、委員のアドバイスとは違う方向の推敲を重ねてもよいのです。私たちのヒントや改作は一例をあげているに過ぎません。皆さまが自身の実感を大切にし、それに迫って優れた歌に仕上げるのが第一です。今後もいっそう精進され、自分の人生の大切な軌跡としての良い短歌を詠んでゆかれますように。
              水野 康幸(HP運営委員)

 
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