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今月の秀歌と選評



 (2023年12月) < *印 旧仮名遣い >

水野 康幸(HP運営委員)


 
秀作
 


はな

イノコズチ着けて野良猫戻り来て日溜まりの中まあるくなりぬ
なぜ神は黙っているかと思いつつ戦場のニュース今日も見ている
稲藁を編んで縄なう祖母の側に着ぶくれて吾も藁にまみれし


評)
どこかへ行っていた野良猫が、イノコズチを着けて帰って来て日溜まりの中に気持ちよさそうにまるくなっている情景が目に見えるようです。二首目も、作者が「着ぶくれて」いた昔を思い出してよく描写しています。三首とも初稿のままです。
 


はるたか

デイサービスに通い始めてかなしくも長生きしたいと思いはじめつ
それぞれが老いを持ち寄り声の限り歌う合唱は「しあわせの歌」


評)
長生きしたいと思ったのが、デイサービスに通い始めた時であり、作者はそれを「悲しく」思った。一般的には主観語はなるべく使わない方がよいが、この歌の場合は別です。二首目も皆が「声の限り」歌っているのが良いですね。「いずこより見ていしものかスタッフがトイレに立ちし我を介護す」も良い歌でした。三首とも初稿のままです。
 


時雨紫

家々の窓に点りし淡き灯をぼんやり見つむ遠き日のごと
灯火の窓に温みを感じつつ孫の手をひき家路を急ぐ


評)
お孫さんと電飾、すなわちイルミネーションを見に行った時の連作。「たちまちに眩き光の世界へと引き込まれゆく我とわが孫」も良い歌でした。
 


大村 繁樹 *

ポリプ残し退院したり九頭竜川河口の欅黄葉もみぢばの散る
荒磯に流れ入り行く九頭竜を枝掲げ見送る河口の欅


評)
ポリプを残したまま退院し河口の欅を見ている作者。欅の葉が九頭竜を見送っていると詠ってあるが、同時に、欅が自分を見送っていると作者は感じているのではないか。大変な状況の中で詠んでおられます。
 


夢子

積もる思い静かに手放し永遠へ歩む一歩は心のさよなら
長き道歩みつくしてわが命終わりに近づく静かな聖夜


評)
「辞世の歌」と題して詠っています。「積もる思い静かに手放し」「長き道歩みつくして」と人生の終わりを描写して、「静かな聖夜」を迎えておられます。寂しい歌ですが、私は別の所でこのような歌を読んだことがあり、作者の意向を尊重したいと思い ます。
 


つくし

来年はこの母もかと思いつつ父の迎え火焚きし夕暮れ
母の背を押して上りし坂道に両手寂しく温もり探す


評)
お父様に次いでお母様も亡くされた時の歌。かつてお母様の背を押して坂道を上ったが、今は「手にその温もりを探す」という表現が良い。
 

佳作



廣 *

五十キロの長きを走るランナーに川面を渡る風が吹き来る
フィニッシュのテープを切れば「お帰り」と向へて大きな歓声あがる


評)
五十キロの長さを走る若い人に川面を渡って風が吹いてくる。ゴールのテープを切るランナーに、周囲から「お帰り」と迎える地域マラソンの様子がうかがえますね。
 


はずき

食前の国歌合唱起立にていたる所になびく星条旗
大勢のボランティア達アロハ込め神に収穫の感謝を捧ぐ


評)
ハワイの一番重要な儀式の感謝祭(謝肉祭)を詠んでいます。多くの人が集まり、星条旗がなびく所で神に感謝しながら食事しています。
 


原田 好美

薄紅の垣の山茶花こぼれ居て濃きや薄きの花びら重ぬ
冠雪の発表ありて富士の山ティアラの如き雪を頂く


評)
山茶花の花びらがこぼれて重なってゆく。しっかりまとめてあります。二首目、富士山の冠雪を心待ちにしていた作者が、その発表を聞き、富士を仰ぎ見ると、その状況がティアラのようだった、と詠んでいて面白い。
 


鈴木 英一 *

次々と団地の池に飛来して休む鴨たち悠悠閑閑
秋深みやうやく咲きしハイビスカスすぐには落ちず妻と楽しむ


評)
鴨の群れが次々とやって来て、団地の池に休んでいる状況を「悠悠閑閑」と表現した。二首目、ようやく咲いたハイビスカスを妻とともに楽しんでいる。二首ともよくまとまっています。
 


紅葉

各駅に座って歌を時かけて作ってみんか明日はテレワーク
牛丼に朝のビールか駅前をそんなわけにもいかずに過ぎる


評)
明日にはテレワークが待っているので、時間がある今日は、各駅停車の電車に座って歌を詠もうというのである。二首ともに作者の余裕ある人柄が表われています。
 
 
寸言

 ホームページの仕事をしていると、さすがに皆様はアララギの薫陶を受けて、他の結社で良しとされるような、読者の気を引こうとして妙にひねった表現をしたり、おかしな技巧をしたりすることが無く、自分が感じた対象に素直に迫ってゆこうとしているのに心打たれます。しかし、一度に歌が上手くなるわけでもなく、このように地道に努力するしか歌の上達の方法はありません。
 「実景をそのまま具体的に詠む」というアララギの行き方は歌の基本であり、また最終目標でもあります。偉そうな歌、技巧を凝らした歌などには目もくれず、昔に斎藤茂吉が言ったように「ヘり下って歩兵の如く歩む」歌の本道を着実に歩み、詠い続けてください。
            水野 康幸(HP運営委員)
 
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