(2024年1月) < *印 旧仮名遣い >
小田 利文(HP運営委員)
秀作
○
つくし
二センチのダルマ状なる我が天使診察室に鼓動が響きぬ
湯船にてトントントンとノックせし我が手のひらにキック返しぬ
評)
いずれも妊娠三か月頃の体験を描いた作品で
あろう。一首目、上句の具体的な描写により、下句の感動が十二分に伝わってくる。二首目、下句からは胎児の生命力の強さが感じられる。作者の喜びが一首全体にあふれており、読んで幸せな気持ちにさせてくれる歌である。
○
原田 好美
デイケアの機械浴にも柚子の実の浮かびておればその実に触れる
聖夜にて求めしケーキの小さきを分けあいて食む夫と二人で
評)
一首目、「機械浴」と「柚子の実」の組合せがこの作品の魅力となっている。読む者の心も温めてくれそうである。二首目、「小さきを」が良い。二首ともにリズムの整った作品に仕上がっている。
○
はな
耳遠き友に付きそう待合室何事もなきを祈りつつ待つ
櫨の実は今宵の風に落ちゆけりあしたは子らが声あげ拾う
評)
一首目、友に付きそう作者の様子が簡明に描かれており、その優しさを感じることができる。二首目、上句の静けさと下句の賑やかさがうまくつながり、味わいがある。
○
大村 繁樹 *
残りたる腸ポリープを三月後に取らむと言へり事もなげに医師は
妻愛でゐし天上の青オオイヌノフグリ咲く野に行きて会はむか
評)
一首目、自分の病に向き合い、不安な気持ちを素直に表現することができている。「事もなげに」が良い。二首目、「天上の青」に作者の思いが込められている。
○
時雨紫
一枚ずつ反故紙をめくる時の過ぎ陽の当たる部屋に墨の香は満つ
揚げたての天ぷらによしと溜めおきし反故紙の墨字をぼんやり見つむ
評)
一首目、事実のみを詠みながら、「反故紙」に寄せる作者の思いが十分に表されている。 特に結句が良い。二首目、結句に余韻があり、そこに込められた思いをあれこれ考えさせられる一首となっている。
○
紅 葉
雨脚を駅に眺めて実習の始まりし頃を思いだしたり
生徒らの数の分だけ空いている始発電車は師走を走る
評)
一首目、淡々とした詠み口ながら余韻を感じさせる作品であり、初稿に較べてとても良くなっている。二首目は初稿と同じだが、この時期の都市の一光景が良く描かれている。
○
鈴木 英一 *
冬日和の朝歩み来し池端に亀たちは並び甲羅干しをり
零下指す厳しき寒さに思ひをりウクライナの民の辛苦の日々を
評)
一首目、日常生活の中で出会った光景を飾らない言葉で詠み、自ずと平穏な作者の内面も 表現されている。二首目、ウクライナの民を思って詠んだ作品であり、一首目のような平和な世界の到来を願わずにはいられない。
佳作
○
はるたか
にっこりと笑い合ってる友人に囲まれて過ごすデイサービスか
軍歌を歌うつもりで来たるデイサ−ビスいつの間にやらその気の失せぬ
評)
デイサービスで過ごす時間を詠んだ二首。軍歌を歌う気の失せたのは「にっこりと笑い合ってる友人」と過ごしたためだろうか。
○
夢 子
年若いきみといっしょの喜びは棚吊りくれるたくましき腕
君の撒く水の音にて目覚めれば日の照る庭に鳥が囀る
評)
自分よりも年若いパートナーとの暮らしの中で感じる喜びが、どちらの歌からも良く伝わってくる。今月の「先人の歌」には二首目のテーマに近い作品もあるので、今後の作歌の参考にしていただきたい。
○
はずき
月明かりの下に灯れる提灯はカラカウア王の赤白緑
合衆国唯一の宮殿イオラニは「アロハ」を交わす人で賑わう
評)
クイーンカピオラニの生誕を祝う行事の様子を詠んだ五首の中でも、この二首の完成度が高かった。作者が楽しんだナイトツアーの雰囲気を作品から感じることができた。
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寸言
この場をお借りして、令和6年能登半島地震により被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げます。
大地震や航空機事故など年明け早々の出来事に心を痛め、落ち着かない日々の中でこのホームページへの投稿に取り組まれた方も多いのではないだろうか。その中で投稿者全員から最終稿をいただくことができ、勇気づけられた。様々な年代の作者が自分の生活の中で出会う出来事を丁寧に描くことに努め、今月も読み応えある作品が集まった。
なお、今月の「先人の歌」は昭和30年代の作品だが、皆さんの作歌にとっても参考となるものがあるのではないかと思う。より良い作品作りへの参考となれば幸いである。
小田 利文(新アララギ会員)
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