短歌雑記帳

「歌言葉雑記」抄

一匹の鳥

 先日、アララギの歌稿を見ていると「目白一匹」という文字が目を射た。近頃の小中学生が、雀一匹などと言うのを苦々しく思っていたので、びっくりした。(雀一匹ならまだしも、雀一個などと言い出す子どももいるけれど。)その後或る短歌教室に出たところ、提出された歌に「鴨二匹寄り合ふ池の水澄みて」というのがあって、またびっくりした。「二羽の鴨」と言うべきだ
と助言しておいたが「鴨二匹」と平気で言って、それが気にならないと言うのは、少々悲しい。

 ところが、である。最近いただいた梅原ふさゑという人の「花仰ぐ」という歌集の巻頭の歌が「一匹になりしインコが命なき卵を産みて今日も巣ごもる」であるのに、またまた驚いた。鳥を一匹という言い方は、もう一般的に公認されているのだろうか。

 広辞苑第三版を引くと「羽(わ)」のところに「鳥や兎などを数えるのに用いる語」とあるが(最近兎を一羽二羽と数えることは少なくなったと思う。)「匹(ひき)」の項では「鳥・獣・魚・虫などを数える語」とあって、鳥を真先に出しているのには、ショックを受けた。新明解国語辞典初版を見ても、その点は同じである。そのほかいろいろの辞典もついでに調べたが、匹という接尾語(または数助詞)は、鳥を数えるのにも用いると説明しているものが多い。しかし具体的な用例を挙げている辞書は一つもない。

 岩波古語辞典には「獣や虫などを数える語」とあり、さらに「中国で馬を数える数助詞に『匹』を使うので日本でもこれを使った。ただし訓み方は、布の単位の訓ヒキを、馬を牽(ひ)く意に用いたのであろう。室町時代の字書類では、漢字の字音による数助詞を用いた『一枚(いちまい)』『一帖(いちでふ)』『一貫(いつくわん)』などと同等に「一匹(いつぴき)」としているから、その頃はヒキを『匹』の字音と認めていたように見える。」とある。小学館の古語大辞典も「馬などの動物を数える語」として、ほぼ同様の説明をしている。布地を数える時も匹を使うが、つまり布を引く、馬を引くの意からヒキという語ができ匹(又は疋)の字を当てた。馬匹(ばひつ)という語もあるように、匹の音はヒツなのに、訓のヒキを音の如くに扱って一匹(いっぴき)というようになったということであろう。

 要するに、匹は疋とともに馬を数える語として使われ、それから、獣一般に広がり、また虫や魚にも使われるようになったのであろう。字書類に鳥にも使うとあるからには、そういう用例もあるに違いない。しかし「匹」という項目の説明にトップに鳥を持って来なくてもよいのではないか。今はもう「一匹の鳥」という言い方が通用する世の中なのかしらん。 (昭和61・7)


           筆者:宮地伸一「新アララギ」代表、編集委員、選者


寸言


掲示板投稿作選歌後記

 漢字の使い方

「簡単でわかりやすい表記」を先進から教えられてきた身には、昨今気になる用例が多い。漢字の意味に関係なく、画数が多い方が値打ちがあるとの信仰?もそのひとつ。「日ざし」を「陽ざし」、「思う」を「想う」とするなどは、その例。新アララギでは作者の表記が一般に通用するものならばそれを認めているため、ここでも本誌でもこんな例が増えてきている。「『日』は太陽をかたどった象形文字に由来し、これ以上太陽にふさわしい文字はない」などと、土屋文明もよく言っておられたものだった。ある新聞の投稿歌(もちろん没)に、「虫の音聴こゆ」「観れば花咲く」などがあった。全くいやになる。
                  星野 清(新アララギ編集委員)



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