短歌雑記帳

「歌言葉雑記」抄

 大きしづけさ

 中村憲吉の歌集を読むと、言葉と言葉のつなげかたに独得のものがあって、作者の強い体臭を感ずるという場合が多い。第三歌集「しがらみ」のなかに有名な比叡山の連作がある。大正十年の作品である。その一首を引く。

  山嶺(やまね)より湖(うみ)をひろく見て朗(ほがら)かに大き寂(さみ)しさに入りたまひけむ

 のちの自選歌集「松の芽」では上の句を「山に坐(ま)して湖をひろく見朗かに」とし、「寂(さび)しさ」とルビを少し変えた。またそのあとの「中村憲吉集」では「山のうへゆ湖をひろく見て……」とした。こういうふうに詞句をいじくるのも、この歌人の特色であるが、やはり最後の形が一番いい。さて「ひろき湖を見て」と言わずに「湖をひろく見て」と表現するところにこの作者の体臭を感ずるが、「朗かに」と言って更に「大き寂しさに」と重ねるところも、独自の匂いを発散している。

  あわただしき今の世に作(な)す物ならずいにしへの林泉(しま)の大き寂しさ
  僧堂も何処(どこ)に隠(こも)ると知りがたく一山(いちざん)にわたる大きしづけさ

 前のは大正十三年の「桂離宮の歌」にあり、あとのは十四年の「比叡山夏安居」のなかにある。それぞれ特色を持つが、今、私は「大き寂しさ」「大きしづけさ」という言い方のみを問題にしたいのだ。「大き」はこの歌人の好きな言葉であるが、「寂しさ」「しづけさ」につなげたのは、右の三例だけのようである。或る一つの言い方が誰に始まるかということは、軽々しく決められないけれども、「大き寂しさ」式の言い方は、あるいはこの憲吉が最初なのではあるまいか。誰でも言えそうで、「寂しさ」に「大き」をかぶせるようなことは、やはり誰かが先鞭をつけないと、なかなか思いつかない表現法ではないかと思うのである。

  伯母峰の峠のうへにかへりみる吉野の山は大きしづけさ

 茂吉の「白桃」の昭和九年の作中にあり。全歌集のなかで、こういう表現は、この一首のみである。憲吉の主(ぬし)ある言葉を安易に使った、力のこもらぬ歌だと言っていいだろう。

  立山が後立山(うしろたてやま)に影うつす夕日の時の大きしづかさ

 川田順の「鷲」という歌集に「立山行」の力作がある。そのなかの一首である。昭和十一年作。川田順には「利玄と憲吉」なる著書もあり、アララギの歌人から三人選べば、左千夫・茂吉・憲吉だと言っていたような人であるから、勿論これは憲吉の歌を意識しながら作ったものであろう。言葉の力によって、自然界の光景をいくら表現しようとしても、到底その現実の光景には及ばない。しかしこれは言葉による表現のぎりぎりのところまで行っているだろうか。それには記述的な言い方のようでも「大きしづかさ」が役立っているのである。(もう余白がないが、「しづかさ」より「しづけさ」の方が正当的であると言えよう。)

                          


         筆者:宮地伸一「新アララギ」代表、編集委員、選者


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