短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


○一人にだに優しく生きて終りたき心は今は嘆かひに似る     河野 愛子

【宮地伸一】一、二句の表現が多少あいまいだ。「一人にだに」は自分ひとりとしてだけという事か、又はある異性一人だけを相手としてという意味か。後者なら、それでも「心は今は嘆かひに似る」といふ気持が生きない事はない。それも女性の心理といえよう。しかし多分前者の意味ではあるまいか。いずれにしても女の胸の奥の嘆きともいうべきものは流れている。もっとどこかに具体性のある言葉もほしいけれど。

【榎本順行】「一人にだに」については、私は前評の二通の解釈のいずれかというものではなく、そのいずれでもない曖昧なものだと思う。自分ひとりととれば「嘆かひに似る」がはっきりしないし、異性一人ととる方が自然かとも思うがそれなら単純に「君一人に……」とよむべきところではなかろうか。

○君がかろき言葉に吾は苦しみぬ夕明るき枯草踏みてゆく     池元 静
○なげかひて君ひとり恋ふる過ぎゆきか紅葉明りのつづく道ゆく  牧田 重彦

【榎本順行】上句に想いを述べて下句に具体的な行動を歌うというこうした例はいままでにも随分多いし、それだけに苦労するところだが、この二首はあまり難のないかわりに平凡におわっている。もう一歩奥深い感動を歌うということに努力せねばならないかと思う。

【宮地伸一】前評に異論なし。ただ我々の作歌活動というものは、生活を詠嘆する過程そのものに多くの意味があるのだから、このくらいによめれば、あと多くを望まなくてもよいともいえるかもしれない。第三者としての感興はこれでは十分でないとしても。

昭和28年6月号

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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