八月号作品評 (其一欄)
遠き都の形恋ひしもあはれにて池は残り山のすがたは如何に 土屋 文明
「遠き都の形恋ひしもあはれにて」という上の句もなかなかいいが、それを受けた下の句の「池は残り山のすがたは如何に」の自在さには目をみはった。この自由闊達な表現にはやはり及び難しの感を抱かされる。「心待ちし花の時にはあはざれば茂るさくらの蔭にやすらふ」も、この作者らしい持味の作品で、心ひかれた。
今宵より新しき白の麻蚊帳に老の枕をならべ寝むとす
廣野 三郎
気持ちの十分わかる歌だが、「老の枕をならべ」というところは、やや俗に堕しているのではないだろうか。
見さくる清き入江に迫りつつ黒々と深し火口湖ふたつ
五味 保義
今月のはこれと「ひらけたる海は灰色にしづまりて立つ陰もなき男鹿(をが)の国さき」とがいいかと思う。いずれも真正面から大きな対象に取っ組んでいる。こういう歌境の先例はあるだろうが、これはこれで味わえよう。しかし挙げた歌の「清き入江」あたりの言い方には問題は残るかもしれない。
降る雨に香の煙の立ちなづむ三十年経ればしづかなるもの 小松 三郎
小松氏の作品は、一見欲のないおとなしい詠みぶりなので、見逃されやすいと思うが、よく読めばなかなかコクがあり、味がある。これは布野の作。景と情と相俟ってしみじみした一首をなしている。
昭和38年10月号
(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)
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