十一月号作品評 其一 冨田重延 宮地伸一 (三)
目しひ誘ふ人あり夜を出でて来て白仄けきを烏瓜と聞く
石川福之助
[冨田] 上の句の簡潔にして要を尽した表現、下の句の清らかな抒情、晴眼者には求め得ない感銘深い一首である。
[宮地] 右に言う如くであろう。烏瓜の花の咲くさまを聞いて、心眼で捉えている趣である。「白仄けきを」の句によって生きた歌である。
自動支払の金額上昇の午後となり紙幣補充ブザー幾度も鳴る 逸見喜久雄
[宮地] 新しい素材であり、新しい職場詠であると言えよう。素材の発見だけにとどまっているとも言えるが、ともかくも先進の触れることの出来なかった対象である。こういう方向を追求すれば、写実短歌の前途も満更捨てたものでもないと考えられるのである。
[冨田] 新しい職場詠として面白く読んだ。前評者の「素材の発見だけにとどまっているとも言えるが」はいささか厳しい評に私には聞える。自動支払など利用したことのない田舎老人の私にも、活気ある職場の雰囲気が感じられて如何にもきびきびした気持のよい一首である。殊に結句の「幾度も鳴る」が効いていると思う。
(昭和61年新年号)
(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)
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