十一月号作品評 其一 冨田重延 宮地伸一 (四)
唇のかすかなる痙攣をさまりて静かに終へぬ父は命を
萩原 千也
[宮地] 父の死ぬ瞬間を凝視する歌であるが、下の句「静かに終へぬ父は命を」の倒置表現はいまだ舌頭に千転せざる恨みがある。
「父は命を」の結句が特に軽くひびく。
ここは「父は静かに命終へたり」ぐらいでいいのではないか。
しかし「静かに」も要らない言葉だ。
なお三首目の「その胸にじかにつけたる吾が耳に」の「じかに」は、歴史的仮名遣いは「ぢかに」が正しい。
[冨田] 前評に賛成である。
「静かに」も除き得る言葉であろう。
次の
吾が父の今際にあひぬ次の息を吸へなくなりてしづまりゆけり
も感深い作だが、一二句説明的で不満が残る。
しかし三句以下の感情を抑えた客観描写は見事だ。
どちらの歌にも、父君の御顔なり御姿なりの具体的描写が少し入っていたら、もっと臨場感が出たのではあるまいか。
続く
(昭和61年新年号)
(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)
|