新アララギ12月号選歌後記 小谷 稔
集IIIの作より
メールにも少しなれたり遥かなる四国遍路の友に届きぬ
大島美佐子
歌歴の長い作者ではないと思うが全体に手ずれのない素直なやわらかい感じが初々しく新鮮に感じられる。
亡き夫を思い出させる夕刻のこの一時の陽に染まる街
小倉美沙子*
亡き夫との具体的な思い出は描かれないが「夕刻のこの一時の陽に染まる街」の景に寄せた哀しみの美しい昇華が溢れるような抒情に支えられている。
二十年会はざりしマニラの電気店主すかさずわれの名前を呼びぬ 森田 陞
作者は現役の頃企業からマニラに出向した過去があり、ある工場の創業五十年の記念式に招待され、その際に電気店主と再開した。二十年前のかかわりで名前まで覚えている。「すかさず」呼んだとは作者の感激もわかる。
時来れば椅子に腰かけ待つ夫がああうまかつたと初めて言ひぬ 浅野 竹子
一連の他の作から夫君は妻である作者の交通事故にも関心のない認識力である。「ああうまかつた」この妻の期待する一言を多くの日本の男性は言わない。子供に還ったような今、言ってくれた。
井戸も竈も備へ塾生ら養ひし塾の台所広々として
阿部 孝子
大坂の緒方洪庵の適塾を詠んだ作。女性の作者らしく井戸やかまどなど旺盛な若者の食を支えた処を興味深く捉えている。
(平成二十九年十二月号より)
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