短歌雑記帳

アララギ作品評

 2012年7月号選歌後記    三宅 奈緒子

地下鉄を出でて帰らむわが町にしろじろ深き夜霧立ち込む
物みなをつつみ流るる夜の霧に過ぎし日も今もわれはかなしむ
                   三浦 良子

 一連みな霧−特に夜霧を詠っているが、ただ甘く流すのではなく、つかむべきものをつかんでいる点、実感があり、上すべりの詠嘆ではない。作者にとってこの夜霧は、自身の生活にとけこんだ夜霧なのであろう。

厳しとも思ひし面影いまは無く頬染め眠る姑となりたり
庭隅にひと群咲ける黄水仙眺めつつけふは姑の髪梳く
                   吉原 怜子

 家族詠は多くの人の手がけるものであるが、嫁の立場から同居の姑をうたう一連はそう多くはないであろう。老いた姑への作者の目の暖かさにしみじみとしたものを感じるが、それは長い年月の間に様々のものを乗りこえつつ自然に醸成されたものと思う。

わが心おだしき今日は夫も穏(おだ)し吾が胸底を見る思ひする
夫と吾たがひに病みつつ残る世のあと幾許を共に生きたし
                   冨永 輝美

 病む夫看護の作は多いが、私は前作に心打たれるものがあった。看護するものの心がそのまま病者に伝わる、看護というものの厳しさ、またそれ故にこそ強い力をもつことを思わせられる。

八つの橋二つのトンネル貫きて新道三坂バイパス成りぬ
急峻の三坂古道をのぼり来るに難渋せしといふ病弱の子規は
                   森田貴志子

 三坂バイパスから三坂古道と、時代の変遷を逆に辿って、三坂峠そのものがテーマになっている所、なかなかに意欲的な連作と思う。結びに少年時代の子規を置いたのも効果的。



バックナンバー