2012年8月号選歌後記 三宅 奈緒子
ガードレールに激突したる自転車より道に這ひ出づ右足萎えて
熱き足を冷やす真夜中突然に魔の一瞬がフラッシュバック
清野 八枝
日常の中で突然襲われる奇禍、その痛苦にもあえて取り組み作品化する作者の熱意がそのまま伝わる一連といえる。体験、心境の経過がいきいきと描写され、結びに置かれた幼児の可憐な電話も活きている。
越前の大野の山深く立つ御寺禅宗の正法を今に伝へて
道元を慕ひて宋より来し寂圓この寺開きここに逝きたり
朝宵の坐禅のあひまの僧の作務厨に立つありパソコン打つあり
森川 幸代
作者は禅寺に幾日か宿ったのであろうか、その寺の内外の雰囲気をよく伝え、概括的な説明に終りやすいこのような主題を、気持をこめて表現し得ている。自身の中に共感するものが強く働いているからであろう。
かたわらに何も言わずに居てくれるひとりのありて五月の夕べ
マインツにひと夜過ごしし茂吉のこと知るなく降りきマインツ駅に
青木 道枝
調子がのびやかで、型に捉われない作風は今月の一連にも活きている。右第一首の表現などいかにもこの作者のものと思う。一連最後の連作も楽しい。作者のたまたま降り立った駅が茂吉に関わるものであったという偶然が軽やかに捉えられている。
|