短歌雑記帳

アララギ作品評

 2012年9月号選歌後記    三宅 奈緒子

ベン・シャーン描く久保山愛吉氏の映像テレビに観たる衝撃
ベン・シャーン展()むと来たりし美術館に今日の放射線量の数値掲ぐる
「死の灰」とふ文字に恐怖の甦る「第五福竜丸」に降りしその灰
                   紺野乃布子

 かつて騒がれた「第五福竜丸」事件、その犠牲者久保山氏に心を寄せ、画家として彼を描いたベン・シャーンを詠った一連。作者自身、福島の危険地区に近く住んでいるだけにこの「死の灰」事件も身に痛切で、単なる報告歌には終っていない。「鑑む」は「見む」でよいと思う。

わが窓の桟より家内をうかがふかもの問ひたげに黄鶲 (きびたき)のをり
ひとしきり山のいかづち轟きて降り出でし雨が闇みたしゆく
忘れ得ぬ人忘れ得ぬ日の遠くいま富士見野の風に吹かるる
                   駒沢 信子

 富士見高原に住居を持つ作者にはおのずから自然詠が多いが、その把握、表現に個性的なものがあって心惹かれる。第二首の結句など、主観的表現として遠ざける見方もあろうが、この程度の表現はあってよいと私は思う。

「あれから一年」壊滅の様ありありと写すに未だ正視の出来ず  東日本大震災
震災に互みに触れずただ対ふ木々の緑の映る沼の辺
幼きより好みし松島の海苔に巻く飯食むよろこびわが従姉妹らと
                   近藤 淑子

 越前在住の作者は仙台出身で、第一首の感慨の強さは察せられる。被災地の従姉妹らが訪れ共に一日を楽しんでいるが、作者自身は重き病を持つ身。底に沈む哀しみと今ひとときのまどいと――人生の生きた一こまといえようか。



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