短歌雑記帳

アララギ作品評

 2013年9月号選歌後記    三宅 奈緒子

久々に幼なにかへりぬ里山の巡りの桑の実夫と食みつつ
傷負ひし蝶に屈みて手を伸ばす夫は少年の日に返りし如く
                    吉原 怜子

 共に野の生物を愛する二人の姿が生き生きと描かれていて、読者に解放感を与える。しかしその裏には重い現実もあることを一連を通して感じさせる所、現実感がある。

水に映る路樹のみどりも目にしみて術後四つきの検診にゆく
簗のもなかに一つ青鷺背をみせて佇む見れば孤独なるかも
                    近藤 淑子

 作者は重い病を宣告されているが、それだけになお一層その作品は純粋で深い。今月の一連もその流れを感じさせる。

八ヶ岳のひろき裾野はいくにちも松の花粉に大気の濁る
かの日より三十六年いまわれは母になかりし時をながら
冬のまを土に眠りてよみがへる多年草のごと在りたしわれも
                    駒沢 信子

 八ヶ岳山麓に住む作者は常に広大な自然に対い合っている。その自然詠の大きさ、こまやかさに独自のものがあるが、同時に、そうした自然に向き合って生きるものとしての深い自己把握があって作者ならではの特色を見せている。



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