短歌雑記帳

アララギ作品評

 2014年5月号 選歌後記    三宅 奈緒子

転向せし青春の日日いまに顕つ書架なる古きウェーバーの書に
特攻崩れに夜毎を荒れし兄を抱き幼き名呼び泣きゐし母よ
                    北村 良

 どちらも「時代」と深く関わった若者の姿。前者は作者自身の回顧であろう。後者は作者の兄で敗戦後の痛ましい若者とその家族の姿。事実に即して詠っているだけに迫力がある。

風音に覚めし夜の更け裏山ならむかすけき小鳥の声聞きとめぬ
                    石塚 久代

 夜半の風音、裏山の小鳥の声、自然のかすかな音に反応する作者である。病後の己れをいたわりつつ静かに起居する作者が偲ばれる。

母と同じきさらぎに逝きしをわが今の慰めとせむ弟逝きたり
力ぬけただふはふはと立居して汝が逝きし一日を吾は堪へたり
                    近藤 淑子

 病身の作者が心のよりどとしていた弟の死。「ただふはふはと立居して」という表現でしか、その日の作者の心を表現し切れないのであろう。切実な一連である。



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