短歌雑記帳

アララギ作品評

 2014年6月号 選歌後記    三宅 奈緒子

帰りたき思ひは今日にて断念すと語る媼の肩は震へり
原発避難者のをみなの声を聞くものか吐息のごとく離婚と言ふを
                    紺野 乃布子

 原発被害にあった人のその後の痛ましさを心からの共感をもって表現している。作者も同地区に生活していただけに強い共感をもって詠われている。

この里の未来を守るは誰ならむ鹿と猪野猿の群か
久々に仰ぐ夜空の美しさ過疎の里にも星空はある
                    江藤 睦美

 部落が年々にさびれて行くさまを半ば自嘲的に詠っているが、一方のその中でも失われることのない自然の美が人々の救いとなっている。

体力あれば手術をせむとさりげなく医師は告げたり八十九の夫に
さくらの花見たしとぽつり言ふ夫を誘ひて緋寒桜を仰ぐ
                    稲生 みどり

 高齢の夫の手術を控え、緊迫した心境にある夫婦ながら、なお今年の桜をみようとする、いかにも日本人らしい花への執着が美しい。



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