作品紹介
 
選者の歌
(令和8年9月号) 
 
  ○   東 京 雁部 貞夫
  及川隆彦別れの会の日つひに来ぬいく度飲みしや夜の更けるまで
篠に次ぎ及川もまた世を去るか飲みて歌ひて夜を更かししに
 
  ○   さいたま 倉林 美千子
  この施設に共にひそけく生命(いのち)繋ぎたる姫胡蝶蘭次々と開く
開けゴマの呪文の用もなき世にてアラビアンナイトの国は荒れたり
 
  ○   柏 今野 英山
  わが妻のリクエストその一ビルアケム橋「ラストタンゴ・イン・パリ」の鉄橋あるく
友情の証は不信のあかしへと自由の女神はセーヌに嘆く
 
  ○   横 浜 大窪 和子
  バスタブより出られなくなりしむすこにて救急搬送入院となる
朝夕に新聞とりにゆく度に頬に触れくるまろき紫陽花
 
  ○   札 幌 阿知良 光治
  伸び伸びて地を這ふ南瓜を誘引す支柱を立てて車庫の屋根まで
命日に妻の名呼びて手を合はす今日初採りのトマトを添へて
 
  ○   神 戸 谷 夏井
  をちこちより集ふ友らとの再会を思ひて車内に頬緩みくる 東京歌会 雁部先生の舌鋒今年は冴えわたりその回復を吾ら歓ぶ
 
 
運営委員の歌
 
  ○   能 美 小田 利文
  AIの音声放送は今朝も告ぐ近き公園に熊の出でしと
うす桃の谷空木咲きて導くよ結婚記念日を祝ふ店へと
 
  ○   奈 良 小松 昶
  直腸深くエコープローブねじ込まれ痛みに悲鳴上ぐるも無視さる
病室のブラインド上ぐれば目の前に畝傍の山の緑まばゆし
 
  ○   島 田 八木 康子
  幼き日何思ふなく集まりて遊びしところチューコンヒと呼びて 忠魂碑
今思へば父親亡き友借家の友すぐ越しゆきし転校生も
 
  ○   東 京 清野 八枝
  名札並び準備整ひし会場を包む庭園の緑かがやく
黒きソフトに背筋伸ばして杖に来ますダンディな先生を迎ふるよろこび
 
  ○   広 島 水野 康幸
  手足の麻痺なき吾が脳梗塞簡単なる「コンビニ」の語を思ひ出だせず
雨に濡れても鴉はへいきカアカアと大き声にて大屋根の上
 
 
先人の歌
 

 先ごろ、わが国の奈良、大和が世界遺産に登録されました。まことに喜ばしいことと思います。そのことに因んで、新アララギの指導者を長く勤めて下さった、小谷稔先生の最後の歌集『大和くにはら』から数首を引きたいと思います。小谷先生は奈良市秋篠に長く住まれこの地をこよなく愛されて、8年前に他界されました。

   小谷 稔 歌集 『大和くにはら』より
        小題 秋篠の田

 団地占めすでに用なき溜池の春来れば春の光るさざなみ
 田一枚残り種漬け花の咲くこの風景の来む春もあれ
 稲田消え貸農園に区切られて防霜ネット白く並べり
 寺の裏に草の道あり行く者は畑仕事の人とわれのみ
 閉校の工業高校ノグラウンドの奥深き闇のほとりに下車す
 このグラウンドにて町内会の運動会をせし日のありき皆若かりき


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