作品紹介
 
選者の歌
(令和8年2月号) 
 
    東 京 雁部 貞夫
  莨吸ふ自由もあるとぞサーヴィスの朝食クラム・チャウダー旨し
麦酒飲むことも忘れて歌談義文学館への恩義忘れず
 
    さいたま 倉林 美千子
  古き写真の整理捗らず父の腕に笑みこぼるるは吾の棺に
時折はわが指に鳴りしトレモロの今はいづこのが弾ずるや
 
    四日市 大井 力
  あと二箇月すれば九十の日が待つよ工夫の果ての歌曲りゆく
逃水を追ふごと過ぎし一生か残りたるあと少しの時間
 
    柏 今野 英山
  終りちかき地球をさまよひ歩くごと熱にゆがみて白きこの道
自国ファーストは今だけファースト孫子らのパンや水には目を瞑りたり
 
    横 浜 大窪 和子
  清澄庭園の池巡りゆき二十余年共なりし山仲間けふ別れの会
サッチャー女史メルケル女史の善政ありそに続きゆけ高市総理
 
    札 幌 阿知良 光治
  次々と来る同胞に応へつつ妻の三回忌法要を迎ふ
横浜の義弟が妻の幼き日語りて和やかな雰囲気戻る
 
    神 戸 谷 夏井
  文明先生の山藍とのみ知りゐしに友は幾つも藍の種を言ふ
宿坊を数多備へしと聞く山に残る石垣古りて崩るる
 
 
運営委員の歌
 
    能 美 小田 利文
  ニューヨークに点りし一つ灯火よトランプに病む世界を照らせ マブダ二氏
備畜米に倣ひて備畜団栗を届けむこゑを聞く日は来ずや
 
    生 駒 小松 昶
  種籾を貸し付け利息と収穫を民より徴すと正税帳は 正倉院展
蘭奢待らんじゃたいの香りを嗅ぐと近寄るにガラスケースに額を打ちつく
 
    東 京 清野 八枝
  ふるさとに新設されし「国府多賀城駅」古代の鎮守府と政庁ありき
われら幼く学びし坂上田村麻呂アテルイの悲劇を知らず過ぎ来し
 
    広 島 水野 康幸
  紀元前二千年のエジプトの王の精巧なる小さき肖像
如何なる部屋に飾りをりしや子に乳を含ます紀元前の母子像あり
 
    島 田 八木 康子
  敗戦前後の四たびの東南海地震なべて伏せられたりにし歴史 (昭和一九年より)
倒れ来し箪笥より助かりし嬰児か畳みて横に積みゐし布団に (生後数日の義弟)
 
 
先人の歌
 

落合京太郎歌集より

 土屋文明の弟子、裁判官を歴任した後 司法研修所長を務めた。
           明治三十八年〜平成三年  享年八十五

 出来損できそこなひ窯変天目えうへんてんもくになることを疑はず我は歌作り来ぬ
 てにをはを訓読を後のため考へし人々の先頭にわが憶良あり
 万葉集に繋がる喜びを次々詠み見えぬ袋にもをさめて帰る
 十歩にて行きとまる我が庭の秋心安らぐ竹の二三種
 救ひ得ざりしなげきを彫りし石文は爆撃に砕け台座残りぬ
 あからさまに老いたる我の或時は喉につかへし水に苦しむ
 花に言葉人に涙のあることも老い老いて知るわれはおろか
 貧しきを拙きを日々繰りかへし呼吸の間のいのちを保つ
 体から力を抜いて眠らむとする老の工夫もほとほと続かず


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