作品紹介
 
選者の歌
(令和7年6月号) 
 
    東 京 雁部 貞夫
  三国一駿河の御山も入山料四千円とぞ恥を知るべし
富士山はしよせん瓦礫の山なれば遠き丘よりをろがむがよし
 
    さいたま 倉林 美千子
  時に痛む手術のあとに手を当てて一人起き上る夜半のベッドに
生命いのちある吾を包みし月光も窓枠にしるし移ろひゆきぬ
 
    四日市 大井 力
  亡き母がさはらせくれし産みたてのとりの卵のぬくき感触
枝移りする目白来て次々と椿の花を雪に落としぬ
 
    柏 今野 英山
  弱きものさらに弱きをもてあそぶSNSは悲しき玩具なりけり
国ごとにAIそれぞれ主張する正義はわれらだ昔も今も
 
    横 浜 大窪 和子
  今年初めて降り来る雨か枯芝を土を濡らして三月の雨
カーテンを揺することなく入りてくる微かなる風寂しむわれは
 
    札 幌 阿知良 光治
  大雪に十勝のアララギ会員の安否如何にと電話に聞きぬ
汗に濡れし下着着替へて仏壇に春の大雪の報告をする
 
    神 戸 谷 夏井
  表具師の看板見るは久しぶり東大寺に近き町の通りに
請安先生の墓は明るく整備されかつての霊気いまは感ぜず
 
 
運営委員の歌
 
    能 美 小田 利文
  年老いし職人一人風除室のガラス嵌めゆく吹雪ける午後を
二十二歳となりし娘に歌を唄ひ寝かしつくるをあはれと言ふな
 
    生 駒 小松 昶
  二上山より岩塊運びしよほろたち八里の道に幾人倒れし
斉明墓に付け足す太田皇女ひめみこ墓身分の差異はかくも露はに
 
    東 京 清野 八枝
  瀟洒なるシャトーのごとき美術館森に囲まれ水辺に映る
石に並び羽づくろいするヒドリガモ茶色の頭部せはしく動く
 
    広 島 水野 康幸
  寒風の吹きすさぶなか霧を通し日輪はのぼる輝きを増して
康幸よその晩年で良いのかと叱るが如し父の遺影は
 
    島 田 八木 康子
  郵便受けの下の植ゑ込みにまさかまさか友の封書の濡れて乾きて程々に
聞き流すのがちやうど良い人生後半を生きるしるべ
 
 
先人の歌
 

 昭和天皇については、その戦争責任や人柄について国民の間に今もなお意見が大きく分かれている。即ち、日本を破滅に導いた張本人であるという人がある一方、長い間英米や交際連盟を支持しながら軍部と戦ったが、ついには負けて戦争を始めた天皇であり、歴代天皇の中でも特に偉大であったという人がいる。私は、昭和天皇は専門の政治家でもないのに長年にわたり、日本のかじ取りを任せられて、過ちを犯した不幸な人と考えている。こういう人の歌をこの欄に載せるには異議もあるかも知れないが、歌としては万葉調の優れたものなので鑑賞したい。歌集は「みやまきりしま」と、天皇皇后両陛下の合同歌集として「あけぼの集」がある。

   昭和天皇の御製
(戦前)
鳥がねに夜はほのぼのと明け初めて代々木の宮の杜ぞ見えゆく
ゆめさめて我が世をおもふあかつきの長なきどりの声ぞきこゆる
月かげはひろくさやけし雲はれし秋の今宵のうなばらの上に
淡路なるうみべの宿ゆ朝雲のたなびく空をとほく見さけつ
(開戦)
天地の神にぞいのる朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を
世の中もかくあらまほしおだやかに朝日にほへるおほうみのはら
(敗戦)
爆撃にたふれゆく民の上を思ひ戦さ止めけり身はいかにならむとも
海のくがに小島にのこる民のうへ安かれとただいのるなり
戦にやぶれし後の今もなほ民の寄りきてここに草とる(皇居内勤労奉仕者)
たのもしく夜は明けそめぬ水戸の町うつ槌の音もたかくきこえて
(亡き母をしのぶ)
ありし日の母の旅路をしのぶかなゆふべさびしきかみの山にて
たらちねの母の好みしつはぶきはこの海のべに花咲きにほふ
(戦後)
高原たかはらにみやまきりしま美しくむらがり咲きて小鳥とぶなり
潮のひく岩間の中石の下海牛うみうしをとる夏の日ざかり
(引揚者)
国民くにたみとともに心をいためつつ帰りこぬ人をただ待ちに待つ
外国とつくにに長く残りて帰りこぬ人を思ひてうれひは深し
かくのごと荒野が原にすきをとる引揚人をわれは忘れじ
国のため命捧げし人々のことを思へば胸せまりくる
(日常)
しをれふす葦の葉がくれいづこより渡り来にけむ子鴨のあそぶ
池の辺のそぞろありきに娘らと語るゆふべは楽しかりけり
みづならの林をゆけば谷かげの岩間に清水わきいづる見ゆ
みづうみにともしび浮かび打ち上げの花火はひらく山の夜空に(河口湖)
久しくも見ざりし相撲ひとびとと手をたたきつつ見るがたのしさ
つたもみじ岩にかかりて静かにも旅の館の秋の日暮れぬ
港まつり光りかがやく夜の舟にこたえて我もともしびを振る
(七十歳になりて)四首
七十ななそぢの祝ひをうけてかへりみればただ面はゆく思ほゆるのみ
ななそぢを迎へたりけるこの朝も祈るはただに国のたひらぎ
よろこびもかなしみも民と共にして年はすぎゆき今はななそぢ
ななそぢになりにしけふなほ忘れえぬいそとせ前のとつ国のたび


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