作品紹介

選者の歌
(令和6年4月号) 


  東 京 雁部 貞夫

朱漆の大盃満たす木曽の酒岩魚の骨酒心ゆくまで 木曾・開田にて
野麦峠越えて開田かいだに旅終はる円居まどゐの踊りいついつまでも


  東 京 實藤 恒子

亡き母の蕎麦殻そばがら枕ドイツ製のシリコン湯湯婆冬の温とく
母の日の贈物とが育てたる海芋の花束慎みて受く


  四日市 大井 力

卑弥呼ゐて祈りに国を統べし世はつい先頃ぞ天の河澄む
石蕗の花過ぎ水仙がふふみ初む最晩年といふべき今を


  柏 今野 英山

となり家の前に散りし葉掃ききよむ帰らぬ人となりたる媼の
わが母とともに旅せしこともありえいちゃんえいちゃんと昨日まで呼ぶ


  横 浜 大窪 和子

胸の中に風吹くやうな音がする不整脈病むわが小正月
数々の罪状に塗るるかの人をなほ支持するは如何なるこころ


  札 幌 阿知良 光治

吾が妻の葬儀に供花をくださりし黒沼先生の訃報が届く 悼黒沼友一先生
文明の齢まではと常に言ひしそを貫きし見事な最期


  神 戸 谷  夏井

歌会終へ吾への褒美と一日を能楽堂に「田村」楽しむ
舞台上に声合はす青年は友の子か若き日の彼の面影伝ふ


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

電話詐欺は撃退せしが用心せむ吾が載る名簿を悪人が持つ
やさしき声子にかけくれし人を思ふ朝市通り焼失のさまに


  生 駒 小松 昶

丈高きケースの十一面観音菩薩指を開きて吾を招くも 聖林寺
地震なゐの炎と瓦礫に埋もれたる人らの上に雪の降り積む


  東 京 清野 八枝

少女作りしみかん寒天ふたパック荷より出で来てを喜ばす
「揺れてる」と少女ら言ふ時警報鳴り大地震おほなゐ継ぎて能登を襲ひぬ


  広 島 水野 康幸

初詣での坂を上るもあと幾度ぞ痛む足曳きひたすら上る
終活をせむとして本棚に余りたる段ボール十個の本が捨てられず


  島 田 八木 康子

裏白にレモングラスの注連飾り友の玄関にほのかに香る
ユダヤ教もキリスト教も回教も開祖はヤハウェに行き着くものを


先人の歌

 今月は私が短歌のご指導を受けた三宅奈緒子先生の作品をご紹介いたします。先生の作品はこれまでも幾度かご紹介して来ましたが、アララギで初めて女性の選者となった優れた歌人です。
私の高校の担任で国語の教師でした。魅力的な楽しい授業で先生が大好きでした。短歌のご指導をお願いしたのは、思えば、その数十年も後のことになります。
 この「有明山麓」は先生が長野県安曇野市穂高に小さな山荘を建てて、東京の学校の夏休み中に滞在していた折々の歌です。赤松林の自然豊かな山荘の日々を詠んだ歌に、昨今の苦渋にみちた世界を一時離れて、すがすがしい気持ちになって頂けたら、と思います。

「有明山麓」    三宅奈緒子 (「四季のうた」より)
この山荘に宿りし父も夫も亡く目に泌みて今年の櫟の若葉
恋ひて待つヨタカのこゑは松林暮れしづむとき低くみじかく
セキレイは沢のしげみを飛びたちぬ水に山吹の花を散らして
書きなづみわがゐるときに目の前の赤松暗み轟きて降る
沢の向うの赤松林夕かげに照りて我がゐる林は暮れつ
林のなかの白き山荘その二階の窓ひらく見ゆ今朝木々の間に 有明山に煙のごとき夕べの雲仰ぎ来てここの暗き萱むら


バックナンバー