作品紹介
 
選者の歌
(令和8年4月号) 
 
    東 京 雁部 貞夫
  ヘネシーもレミーも甲乙付けがたしXOの香りはあたりを払ふ
北見よりチーズ一山送りくるナチュラル・チーズだ混り気なしの
 
    さいたま 倉林 美千子
  亡き夫が好みて着たるカーディガン今わが肩を温めくるる
弟に子の無し吾に孫の無し京を出でし武彦のすゑもまた絶ゆ 父孝學武彦
 
    柏 今野 英山
  道とひし農夫詠ずる赤彦の歌茂吉の歌もそらんじて言ふ
心にある異なるものへの拒絶感わたしの引き出しあけないでくれ
 
    横 浜 大窪 和子
  逝きて一年夫の馴染みし店に集ふ偲ぶ会うからの笑顔に和む
「こんばんは」入りくる夫の幻の消ゆることなしこの店「ひろせ」
 
    札 幌 阿知良 光治
  一夜にて五十センチのドカ雪に新聞配達員の靴跡深し
「無理するな」の息子の声にうなづきつつ雪除けてゆく額に汗して
 
    神 戸 谷 夏井
  「この音ではない」静かに低きチェロの音娘は弾きゆく第四楽章
わが父の歌ひし古き第九の楽譜捨てられぬまま今年も越すか
 
 
運営委員の歌
 
    能 美 小田 利文
  奥能登に運びゆくのか土砂を積みて県外ナンバーのダンプ連なる
知る人の今や幾人常滑より届く「聖書とキリスト」誌待ちき
 
    生 駒 小松 昶
  新アララギ出詠者数が二十五年で八分の一に減りゐる現実
望遠レンズは震へ捉へぬK2の氷雪に消えゆく平出氏中島氏
 
    東 京 清野 八枝
  雪吊りの円錐形に張られたる縄の新し娘と巡る苑
ウイグルのクチャより出でし六世紀の金箔舎利容器をCTに分析す
 
    広 島 水野 康幸
  「しんしんと泉のように除夜の鐘」小学生の吾が句を父は褒めにき
大きく吐息つきつつ祖父の死にゆくも大変と思ひき幼き吾は
 
    島 田 八木 康子
  戻れるなら我も昭和の中程か聞き得ざりにし一つのありて
自らにもつと自分を信じなさいとつぶやくことの増えしこのごろ
 
 
先人の歌
 

 十二単衣の姿おだしき式部像筆執りし時の苦悶を偲ぶ
 一すぢの蔦のぼりたる芭蕉塚木曽殿の塚の奥にひそけし
 わが集落に初めて引きし電灯の光は死に近き父を照らしき
 左側の声帯死にて受け継ぎし父よりの声惨めに濁る
 巻向に掘りし擬宝珠の一皿は文明先生に倣ひたる味
 塩鰯に馴れたる母は早苗田に捕りしウナギを口にせざりき
 ふるさとの筧の水の透きとほるボトルの二つ 家苞いへづとにせむ
 夜明けまへの涼しき時に机にてもの書く知恵も老いて知りたり
 わが鉢に冬を越えたる野牡丹の初花咲きて八月の尽く
 甘藷にも温暖化見ゆ奈良のわが畑に花咲きし二〇一六年
 支流二つ落ち合ふところ空開け喜佐谷の小さき村に下りぬ
 先生が脚気を病みて糠を煮しそのいとなみを庭にかなしむ

 小谷稔先生の最終歌集『大和くにはら』より。既にこの欄でも紹介されているが、学ぶところの多い歌集であり、今回はその前半部分から十二首を掲載した。新アララギホームページにアシスタントとして私を招いてくださった先生の、歌会での響きの良い声の批評は今なお大切な記憶として胸に刻まれている。
 十二首目は斎藤茂吉『つゆじも』に「みすずかる信濃の国に足たゆくともしびのもとにぬかを煮にけり」という歌がある。


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