作品紹介

選者の歌
(令和6年7月号) 


  東 京 雁部 貞夫

最上川春うららにて雪代の水ゆたかなり柳萌えつつ 大石田・早春
向川寺かうせんじつひに無住となるといふ禅修行する若者なきや


  東 京 實藤 恒子

入場料無用まで生きて来しわれらか博物館のゆりのきが呼ぶ
ゆりのきの花咲き満ちて香り来る幾度来しか二人老いつつ


  四日市 大井 力

番号を付されて一億二千万そのなか政治に食はるる選良
青空の果ての暗黒その奥のブラックホールの高速の渦


  柏 今野 英山

地震予知かなはぬことと割り切りてたんたんと生く今を詠みつつ
揺れあらば時たま感じる浮遊感わが人生は砂の楼閣


  横 浜 大窪 和子

エスカレーターの右側空けるはやめよといふ駅の放送無視する人ら
行列を厭はず片側を空ける慣ひニッポン人の根につながるか


  札 幌 阿知良 光治

仏壇に外に居るよと声を掛け今日は朝より畑を起こす
じゃがいもと大根を蒔き今日の一日シャワーを浴びて終はりと致す


  神 戸 谷  夏井

妻籠宿へ向かふ人らか南木曽の駅に外国人の吐き出されゆく
木曽川のをちこちに見ゆる小さきダム水力発電なほも健在


運営委員の歌


  能 美 小田 利文

マスク外し思ふ存分香を嗅ぎぬ子を送り来て白梅の前に
福島より電波の届く掛時計止まりぬ震災十三年目に 三月十一日


  生 駒 小松 昶

生涯五歌集目指しし君の発想の天衣無縫をつね羨みき 悼岡崎資源氏
頚椎症に苦しむ君は医科大の疼痛外来にわれ訪ね来し


  東 京 清野 八枝

ほろ苦き蕗味噌の香に安曇野の春を思ひぬ夫との夕餉
外濠に沿ひ咲き揃ふ桜並木カナル・カフェに並ぶ人々


  広 島 水野 康幸

曇り日の激しき風に波立ちて潮は河をさかのぼりゆく
吾は死に吾を知る人亡くなりて墓所を茫々と風吹きゆかむ


  島 田 八木 康子

少子化もここまで来しかわが町の五地区の小学校が統合となる
子らの筆圧弱くなりしやHBの鉛筆の需要が0.7%とは


先人の歌

 高松  岡崎 資源

 本年1月に亡くなった岡崎資源氏の短歌を紹介したい。生年は昭和17年。故小谷稔先生に師事された高松在住の医師であった。歌集を三冊残されているが、今ここではなくなる直前から亡くなった直後「新アララギ」に掲載された通常の投稿歌を挙げたいと思う。町の人々に寄り沿い続けた医師としての晩年が凝縮されたような作品である。

  2023年 十二月号より

 町医者を置きて医学は進みゆく未病なる潜在癌さへ PETペットは見つくる
 癌検診を受けしグループも受けざりしも死亡率には差なしといふ事実
 晩年の父を思ひて診てゐたりズボンの前のいたく濡れゐつ
 いつのときも父は「お父さん」でありし「 親父おやぢ」などとは決して呼べず
 「 竹虎たけとら」か「資源すけもと」かに迷ひしといふ父よユニークに吾は生きてゐる
 奇を衒ふときに大胆「資源」と名付けし父の心は吾にも

  2024年 一月号

 按摩膏薬エキホスなどを言ふもなし大正昭和も遠くなりゐつ
 若いときに無理をしたねと声をかけ腫れて曲れる膝に手を当つ
 冠動脈の拡がりゆくをイメージせりニトロは舌下に苦く溶けつつ
 診る老いに「義理は欠けよ」と言ひ来しがいつか己のことになりゐつ
 十五年診つつ来りて今日知りぬ南の島に戦ひし九十歳を
 診断書を手渡しながら声低く告別式の日取りを聞きぬ


バックナンバー